パラスポーツから考える、2020の東京に価値を残すために必要なこととは?
5月11日にニールセンスポーツの社内において過去に5回、オリンピック本大会をスポンサー側から携わったニック・ブルース氏とゴールボールの日本代表である高田朋枝氏のトークセッションが行われた。それぞれ異なる立場からパラスポーツの現状や2012年のロンドン五輪・パラリンピックがイギリス内に残した価値について語ったが、その両者のトークセッションも行われた。日英におけるパラスポーツの違いや、2020年に行われる東京五輪・パラリンピックに向けて取り組むべき課題とは何なのか。高田氏とニック氏の両者の対談をお届けする。
教育を通じて浸透化するパラリンピック
-2020年が決まってから、障がい者スポーツが活性化されている感覚はありますか? 最近、障がい者アスリートに関連したニュースが出ていきて非常に盛り上がってきている気がします。
高田 ものすごく感じます。招致の段階でオリンピックとパラリンピックの両方が浸透し始めましたし、招致が決まってからも多くのメディアで取り上げられました。また、都内の学校でオリンピック・パラリンピック教育というのが活発に行われるようになってきたんです。パラリンピックの選手を招き、パラスポーツを体験してみようという声も増えてきています。
−オリンピック・パラリンピック教育が日本の学校で普及していたとおっしゃっていましたが、イギリスの教育現場でこういったことは行われているのでしょうか。
ニック 東京と同じような傾向はあって、2012年のロンドン五輪からセインズベリーというところがスクールゲームズで学校にパラリンピックのスポーツを広めるようになりました。大会が終わってからも、毎年続いています。
−普及のところで言うと高田さんはゴールボール普及を行っているようですが、具体的にはどういったことを?
高田 誰でも参加してゴールボールを楽しめる機会を増やそうと思って、体験会や未経験者でも参加できる大会を都内で開催しています。
−どのように告知をするのでしょうか。
高田 ホームページを通じて、ですね。私が所属している普及団体は、任意団体で活動資金も無く、できることは限られています。東京都の障がい者スポーツ協会、パラリンピックサポートセンターや企業に協力や宣伝してもらい、本当に小さいレベルですが、活動をしています。
−障がい者スポーツに関心がある人だとイベントへ行くとは思いますが、知らない人に体験してもらうことが大事だと思っています。その中で誰もが知っている大きな企業や団体が入ってくることが良いことだと感じるのですが、その点はいかがでしょうか。
高田 私もその点は大事だなと思っています。ただ、数年前までは有名人をCMとかで使えば認知度なんて簡単に上がるだろうなって思っていました。しかし最近、パラリンピックサポートセンターが著名人を起用してイベントを行いましたが、その様子を見て、認知度は上がるけどきっかけにしかならないなと感じました。そこから「パラリンピックって、本当に面白いんだ!」とファンになってくれる人は少ないですね。
−継続的なファンになってもらうのは難しい、と
高田 そうです。知るきっかけにしかならなかったかなと。
−イギリスでも知るきっかけになるCMは、先にニックさんが紹介してくれたように多くあるかと思います。そこから積極的にファンになってもらう施策を取っている企業などはあるのでしょうか?
ニック 近年だと人々が見るメディアも変わってきて、最近だとオンラインの動画視聴が普及してきました。今までのテレビのコマーシャルで知るよりも、より深いストーリー性のあるものに企業も目をつけていっています。パラリンピックには選手の興味深いストーリーがたくさん出てくるので、それを使ってプロモーションしています。
企業側から見ると、パラリンピックのスポーツというのは、顧客へ未経験のスポーツを体験できるチャンスを提供できるものですので、その機会をうまく使っていこうとしています。ただ、企業はスポーツを使ったイベントを企画する一方でその後継続的にそのスポーツをやっていくとなると施設が必要になる。行政などが今後企業などと協力してやっていく必要があるのではないでしょうか。
パラスポーツが抱える活動場所の悩み−メジャースポーツでは有望な選手を若いうちから発掘していくことがありますが、イギリスではパラアスリートの発掘などはあるのでしょうか?
ニック 非常に難しい質問ですね。前職でアスリートマネージメントを行う会社にいたので、その経験からもトップアスリートになれるレベルの人はたくさんいると思っています。しかし、発掘よりもそのレベルまで引き上げるネットワークの方が大事だと私は思っています。コーチや練習環境といったものを整えて、そこに繋げないといけなければいけない。オリンピックはできていますが、パラリンピックはこの環境が整備されていないのが課題です。
−最近、日体大がパラアスリートへ奨学金を出すことが発表されました。若い選手にお金を使うのは大事なのでパラアスリートに若いうちからメダルを取らせようにしたりする動きはあるのでしょうか。
ニック カナダなどと比べると、日本は若い選手が少ないイメージがすごくあるため、そういった取組みはとても良いと思います。しかしながら、現状は発掘の段階で躓いているように見えるので、まずは発掘からやらないといけないように感じます。
−そもそもですが、選手がスポーツを始めるきっかけは、どのようなものがあるのでしょうか。
高田 私のようにゴールボールを始める方はチャレンジしてみようという好奇心旺盛な方が多いので、やってみてそこで「楽しいな」と思ったら続くと思うし、「怖いな」と思ったら続かないです。難しい中でも楽しささえ分かっていれば、練習していけば出来るようになるという方向に行くだろうなと思いますね。また障がいに応じて、「自分がどのスポーツをできるのだろう」と悩む人は多いですね。
−イギリスで後天的なタイミングで障がいが残った場合、「このスポーツをやらないか?」といった誘いはどこかからかあるのでしょうか。
ニック 各スポーツ協会やパラリンピック協会が障がい者向けにスポーツに取り組む機会を作っています。その中で課題はたくさんありますが、一番の課題は施設の問題です。行政がスポーツの施設を持っていることが多いのですが、そこの財政が悪化するとスポーツ施設が売り出されてしまい、教育や健康にお金をかける。つまり、スポーツをする場所がなくなってしまうことがあるんです。
−場所の問題は日本でもありそうですが、そういった問題はよくあるのでしょうか。
高田 2つあります。まず1つは利用を断られるという点で、もう1つは指導者がいなくてやれる場所がないということです。前者については車椅子バスケでよくあるのですが、用具によって床に傷がつくから、という理由で断られることがあります。2つ目はゴールボールですと、サポート役とコーチの両方がいないと世界を目指すレベルのトレーニングをするのは難しいことです。サポート役は主に安全面の管理、コーチはレベルの高いメニューを提供、といった形で役割を分担して行う必要があり、選手たちだけでやっていくのは難しく、練習ができません。
健常者と障がい者を区別しない欧州−ハードルは沢山あると思うのですが、パラアスリートの就労環境は変わってきているんでしょうか。
高田 大きく変わってきています。パラアスリートを雇いたい企業がたくさんあるのが現状ですし、JOCが行っているアスナビ(※)を通してパラアスリートを雇いたいという企業が増えています。
※アスナビ:JOC – アスナビ ~トップアスリートの就職支援ナビゲーション~
−イギリスの障がい者アスリートの就労環境はいかがでしょうか。
ニック 障がい者アスリートの雇用に関しては日本の方が進んでいると思います。たくさんの企業が雇用をしているのですが、それを表立って情報発信はしていないのかなと思います。
−イギリスには障がい者雇用という制度はあるのでしょうか。
ニック 日本には法律があるのは知っていますが、イギリスにそのような法律があるかはわかりかねます。しかし、社会的に障がい者を健常者と区別するわけではなく、同一視する動きはあります。
−ニックさんがおっしゃったように欧米では障がい者や健常者を雇用のところで区別しないという話を聞いたことがあります。高田さんは欧米10カ国の視察で障がい者アスリートを取り巻く環境を見て来たと聞きましたが、その点は感じましたか?また日本と異なり、衝撃を受けた点があれば教えてください。
高田 正直、日本と変わらないなと思いました。雇用に関しては障がい者雇用がなく、健常者の方と変わらずに能力で選ばれるので難しそうでしたが…。ただ環境として根本的に違うのが、障がい者という枠で括って見ていいない、というところですね。健常者・障がい者、オリンピック・パラリンピックと分けていないので、アスリートとして活動できるようになっているというイメージを持ちました。
−実際、分けるのと分けないのはどっちが良いでしょうか?
高田 どちらも良い面と悪い面があるので、一概には言えないですね。重度の障がいだと社会参加するのも制度がないと難しくなりますし。国民一人一人が認識としてバリアをなくして良いと思いますが、制度はないといけないと思いますね。
−ニックさんはどう思います?
ニック 非常に興味深いトピックだと思います。まず始めに我々は様々な企業と障がい者スポーツの話をするときに、ダイバーシティ(多様性)やインクルーシブソサエティ(包括的社会)と、そんな話が出てきます。日本の場合はダイバーシティといった時に「高齢者」と「障がい者」を指すことが多いように感じています。一方、イギリスでダイバーシティというと「人種の違い」などを指すことが多いです。
先ほどの人々の見方を変える、という意味ではパラリンピックをホストするという力が大きいと思っています。ソチオリンピック・パラリンピックの時に、元々ロシアでは障がい者をネガティヴに捉えられていたのですが、大会を開催したことで人々の見方が大きく変わったと言われています。そこに企業も貢献しており、SAMSUNGがロシアの15都市で障がい者の方が街を移動できる用に案内するアプリを作り、それがレガシーとして残っていています。
2020の東京に向けて共生社会を作っていく
−2020年のレガシーとして残したいと思っていることは?
高田 具体的には出てきませんが、想いとしてあるのはオリンピック・パラリンピックは大きな力があるので、スポーツ界とかスポーツに関係するものが変化し、レガシーが残るのは当たり前だと思っています。ただスポーツ以外のところにレガシーが残ればいいなと思っています。
ニック 2点あります。1つは政府とか色々な企業が計画を立てていますが、それを実行段階になった時に実現、そして継続していくことです。もう1つは若い世代が持つ社会を変えていきたいという力と古くからのしきたりが噛み合い、うまく融合していくきっかけになればいいなと思います。
−パラリンピック、障がい者をメディアが取り上げるのは非常に良いことですが過剰に取り上げすぎて壁を作っている気がします。共生社会を作っていこうと向かっているのにも関わらず障がい者だけサポートすればOKというような方向に動いている印象を受けています。スポンサーがパラリンピックに特化するとかプロモーションにアスリートを使用することへのポジティブ・ネガティヴな要素があるか聞きたいです。
ニック 最終的に共生社会に持っていく事は大事だと思います。しかしまだその前の段階で、まずは世の中に障がい者スポーツがあるということを知ってもらうこと。企業が宣伝に使うのは企業として正しいし、その結果知ってもらえればなと思います。
−スポーツが日本の社会を変えられると思うという意見がありましたが高田さんが障がい者アスリートの立場から見て日本の社会がどうなれば良いという理想像があれば教えてください。
高田 私は障がい者として日本の社会で生活していて、ダイバーシティや共生社会を実現されてほしいと思っています。障害や人種に関係なく色々な人がいるんだよ、ということが受け入れられるような社会ができればいいなと思います。
Follow @ssn_supersports