ランニングシューズ『デサント_GENTENシリーズ』

都心の高層ビル街で、閑静な住宅地の中で、もちろん公園などでも、ジョギングするランナーとすれ違っても、私たちが振り返るようなことはない。今やランナーの姿は街の風景の一部。ランニングは現代人のライフスタイルの中に定着している。

それゆえに厚底ランニングシューズの話題が、テレビのワイドショーのネタとなり、カカトがつかないフォアフット走法、カカトから着地するヒールストライク走法といった、本来ならテクニカルなワードまで、耳にする機会が増えてきたのだろう。

ここまでランニングの裾野が広がると、当然ながらランニングシューズへの注目も高まってくる。速く走るために、各メーカーが開発を進め、多くの画期的なシューズが生みだされている中で、ユーザーは自分自身に適したシューズを選択する必要がある。そうした風潮の中で、“日本人に合った”、“日本人のための”という視点は重要なキーワードになっている。今回紹介するデサントのランニングシューズ「GENTEN」が目指したのも、日本人の足、走りに合うランニングシューズだ。

上の写真は「GENTEN」シリーズの最上位モデルである、「GENTEN-EL」。巷で話題の厚底ではなく、それ以前のランニングシューズを思わせる薄底のフォルムが印象的だ。さまざまなスポーツウエアにおいて、世界的に高い評価を集めるデサントだが、本格的なランニングシューズを手がけるのは今回がはじめてという。

「GENTEN」製作というプロジェクトの中核メンバーである、デサントジャパンの長尾保文さんに、日本人の足、日本人の走りに合う、その中身を教えてもらった。このプロジェクトが2年前にスタートするまでは、スキーウエアに携わり、自身の生活もランニングとは無縁だったという長尾さん。ゼロからのスタートとはいえ、その人の足、走りのポテンシャルを引き出すシューズでありたい、というぶれない信念があった。言い換えれば、シューズの進歩に、人がどのように合わせるのかが問われるような状況を、良しとはしなかったのである。

では日本人の走りとは? よく言われているのは、世界のトップをゆくアフリカ系の選手などと比べて、日本のランナーは骨盤の前傾が弱く、アキレス腱や足首が柔らかいことが多い。もちろんそれに向けてトレーニングを続ける日本人エリートランナーならいざ知らず、一般的にはその体の特徴から、厚底のシューズや、カカトをつけないフォアフット走法を体得するためには、まさに鍛錬が必要であるとされている。

「自分の走法を無理やり変えることなく、ナチュラルに地面を蹴る力を、無駄なく安定して推進力に変える。言ってしまえば、走るための靴としてあたり前のことを問い続けた結果、たどり着いたのが薄いソールなのです」と長尾さんは語る。とはいえ日進月歩のランニングシューズの世界。かつての薄底とはまったく異なるテクノロジーが込められている。

まず注目したいのが、ソールに埋め込まれたカーボンプレート。カーボンは軽量かつ反発力があることから、スポーツギアの世界でもゴルフクラブやテニスラケットなどにも活用されている。ソールにカーボンプレートならではの反発力が加わることで、着地したときの衝撃を反発に変えて、推進力を増すというプロセスがより向上することになった。次の一歩への確かなサポートとなるわけだ。

長尾さんはこのカーボンプレートをより効果的に役立てるために気を配った。

「上の写真のグレーっぽく見える部分がカーボンプレートです。外から見えるのはここだけですが、その形状と、ソールのどの部分にカーボンプレートをつけるのかで悩みましたね。足の力をもっとも地面に伝えるポイントこそ、カーボンプレートの反発力がいちばん生かされるわけですから。そして足が地面を感じやすいように、薄いソールの中で、できるだけ接地面に近いところにしようと考えました」。つまり足裏のどこで接地して、どこで蹴りだせばいいのかを想定しながら考えていったわけだ。

だが、クッション性が自慢の厚底に比べて、その衝撃や反発が足に過度な負担をかけるのでは、という心配もあるが…。そこには日本人の足、走りに合わせるというコンセプトから解答が導き出された。

そもそも筋肉やアキレス腱はクッションの役割を果たしている。そして着地した衝撃を反発にかえる役目も担っている。この「GENTEN-EL」では、カーボンプレートがその役目の後押ししてくれることになる。つまり筋肉やアキレス腱に本来の能力あれば、むしろ負担は軽減されるということになる。

このシューズをはくことは、記録アップにつながる推進力を増すだけでない。長尾さんはこうまとめてくれた。「厚底に代表されるクッション性の高いシューズは、足の感覚以前に、すべてをオートマティックにシューズがこなしてくれます。一方、「GENTEN-EL」はオートマティックというわけではありません。その分、日本人の走り方に必要とされる、足のポテンシャルを再認識させてくれます。そして走るときに受ける衝撃が、足のポテンシャルを鍛えてくれるシューズでもあるのです」。

もうひとつ「GENTEN-EL」には最先端が投入されている。それがグラフェンだ。スポーツシューズの世界では、耳慣れたい素材名が登場するが、これはその中でもかなりレベルが高い。その特徴は地球上でもっとも薄く、しかも鉄の200倍の強度をもちながら、曲げ伸ばしもきくというもの。開発した2人の学者が、2010年にノーベル物理学賞を受賞したということからも、いかに画期的な素材であるかがわかる。

これまでもスキーやゴルフボールなど一部のスポーツギアに用いられたことはあるが、ランニングシューズに使われたのは世界ではじめて。グラフェンをパウダー化して、ラバーに配合したグラフェンラバーを、「GENTEN-EL」はソールに搭載しているのだ。

このグラフェンラバーによって、「GENTEN」のキモである薄いソールの強度を増し、また軽量化にも役立った。さらにカーボンプレートをプロテクトしてくれる役目も果たしている。またしつかりと地面を掴む高いグリップ力も、グラフェンラバーならではの実力だ。「タータン(競技場のトラックに使われる合成ゴム)の上を走ると、鋲のついたスパイクに近いグリップ感があります。ランニングシューズの世界では後発のデサントですが、このグラフェンを使ったソールは、ほかのブランドさんも気になるのでは」、と長尾さんは言う。

ここまでは「GENTEN」渾身のソールを紹介してきたが、こだわりはまだまだある。たとえばソールの能力を最大限に発揮させるためには欠かせないフィット感。ここにも趣向が凝らされている。たとえばアッパーのトゥの部分。本来、日本人は甲高といわれるが、実は足指の部分だけは逆に低いことが多い(スポーツシューズをはいたとき、アッパーの足指部分が少しくぼんだようになるのはそのせいだ)。そこでその部分が一般的なランニングシューズよりも低く設計されている。またカカトのおさまりのよさも抜群だ。こうして生まれる優れたホールド感によって脚力のロスをなくし、一歩目から自然と足が前に出るような感覚を味わえる。

こうした「GENTEN」のモノ作りを数字で表した興味深い検証結果がある。「GENTEN-EL」と比較製品を比べたものだ。「GENTEN-EL」をはいたときには、ランニングスピードが0.35m/sのアップ。ストライドが15cm伸びたというもの。この数値はちょっとした驚きだ。今や百花繚乱のランニングシューズの世界で、この「GENTEN」は新たな旋風を巻き起こすかもしれない。

(※被験者7名、各シューズで7回ずつ。10000mのレースペースで60mを走行/デサント調べ)

スペックやこだわりだけを見て、「GENTEN」は、エリートランナーのために作られたランニングシューズだと勘違いしないでほしい。ここまで主に触れてきた「GENTEN-EL」は、もちろんトップランナーにも十分対応する最上位モデル。だが他にも、サブ3を目指すような“エリート市民ランナー”向けで、カーボンプレートを用いない「GENTEN-RC(写真上)」、汎用性の高い「GENTEN-ST(写真下)」はカーボンプレート、グラフェンラバーを採用していないものの、トップランナーのトレーニングにも、ビギナーが走るときにも最適なモデルといえる。

それぞれのモデルは用途に合わせて、ラストを変えるという細やかな配慮がされている。一方で、日本人の足、走りに合うランニングシューズであるということは、「GENTEN」シリーズすべてのモデルに共通する揺らぐことのないコンセプトとなっている。

ブームは人を惑わすのは世の常。今のランニングシューズであれば、やはり厚底が気になるというのも事実だ。そんな中で「GENTEN」の立ち位置を長尾さんはこう分析する。「厚底シューズのような優れたクッション性は、薄底の「GENTEN」にはありません。けれどそのクッション性があるがゆえに、すべてがシューズ任せになってしまい、足のポテンシャルを高めることなく、シューズに合わせた走り方になってしまう可能性もあります。つまりどちらのシューズにもメリットはあると思っています。自分の脚力、目指すべき目標など、TPOをふまえてはき分けてもらってもいいと思っていますね」。

ライフスタイルに溶け込んだランニングであればこそ、ちょっときらびやかな厚底ランニングシューズではなく、自分らしい走りを目指して「GENTEN」のストイックさを選ぶという選択肢も当然求められてくるはずだ。

お約束のようにアッパーに誇らしげに入る、大きなブランドロゴをあえて外したことも、なるほど「GENTEN」らしい。トラックのオリンピック代表であり、学生時代の箱根駅伝ではロードもサラリと走りこなした、ブランドの顔であるアドバイザリースタッフ、塩尻和也選手のストイックな走りもまた、「GENTEN」の個性と共鳴しているようだ。

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