
写真:AP/アフロ
アイスホッケーの試合を生で観戦したことがなくても、その“乱闘”シーンは思い浮かぶ人が多いのではないか。
東北フリーブレイズという、男子プロチームがある。
2008年、青森県八戸市を拠点に誕生したこのクラブは、アジアリーグを3回優勝しながら東北各県で“巡回興行”を続け、“強化と普及”の王道を、地道に実践し続けてきた。
クラブの取締役兼監督であり、2024-2025シーズンの日本代表コーチも務めた若林クリスさんに話を聞いた。(全3回の第1回)

写真:若林クリス/提供:東北フリーブレイズ
日本でアイスホッケーを始める環境とは
──そもそも日本でアイスホッケーを始めるには、どんな環境やきっかけが一般的なのでしょうか。私の育った環境では、あまり触れる機会がなくて。
クリス:きっかけが身近にあることは大事ですよね。リンクが近くにある、友だちがやっていて一緒に行く、親に競技経験がある、などが多いですね。
八戸では、私たちフリーブレイズの試合観戦や、選手が幼稚園を訪問したことがきっかけで興味を持ち、アイスホッケーを始める子も生まれています。身近に感じられる環境でからクラブのジュニアチームに入り、その後も続けていくというのが一般的ですね。
──そうすると、東北や北海道出身の選手が多いんですか。
クリス:そうですね、歴史的には寒い地域で盛んなスポーツです。
近年は、地方の人口減少と少子化、都市部の環境整備もあって、首都圏や都市エリアの子どもたちのレベルも上がってきていますね。
── 逆に、温かい地域、例えば九州エリアなどでは選手が育ちにくかったりするんですか。
クリス:環境面と、あとは指導者が不足していたりするので、トップ選手の輩出はなかなか難しいのが現状です。
ただ、関西出身のロウラー和輝(かずき)という現日本代表の選手は、大学まで関西で過ごしてフリーブレイズに入団し、昨季は私たちの海外挑戦制度を利用してポーランドリーグに参戦しました。
今季はフリーブレイズを退団してドイツのブンデスリーガでプレーしています。

写真:ロウラー和輝/提供:東北フリーブレイズ
アイスホッケーは北米、ヨーロッパで人気
──クリスさんも、ロウラーさんも、欧米にルーツを持つ日本人選手が多いですね。アイスホッケーが身近なスポーツなんでしょうか。
クリス:そうですね、私の父は日系カナダ人ですが、北米はアイスホッケーの競技力も高く、人気もありますね。
スケートリンクもありますが、自然に凍った湖や川でスケートを始める環境もあると聞きます。
──大自然が整えてくれる環境ですね(笑)。
クリス:日本の北海道でも、学校の校庭に親が水撒きしてリンクを作ることもあったみたいです。
──子どもたちは、スケート→アイスホッケーなんでしょうか、それとも最初からアイスホッケーを目的に始めるんでしょうか。
クリス:両方あります。
八戸では学校の授業でスケート教室があるので、そこでまずスケートに触れて、そこからフィギュアスケート、スピードスケート、アイスホッケーなどの選択肢がある感じですね。
ただ最近は、アイスホッケー競技を観て自分もやりたいと、ゼロから始める子のほうが多いと思います。

写真:アイスホッケー体験の機会を多く提供する/提供:東北フリーブレイズ
日本代表の競技力は
──国際的に見て、日本でアイスホッケーの競技力は高いのでしょうか。
クリス:男子は世界ランク20位、女子が7位です。
男子の20位は、真ん中よりちょっと上くらいの位置ですね。
トップ12がオリンピック出場できるんですが、そこにはまだ結構大きなギャップがあるというのが、正直なところです。
女子は、世界的にアイスホッケーの普及開始が遅く、1998年長野オリンピックで初めて、オリンピックに女子アイスホッケー競技が採用されました。
そのときは6カ国だけの出場でしたが、それから25年以上経ち、いまは30カ国ほどが加盟していて、日本代表女子も、現在3大会連続出場中です。
──各国の競技人気はいかがでしょう。
クリス:北米、北欧はプロリーグが充実してきたこともあり、さらに人気が高まってきています。
日本でも、昭和の頃、サッカーやバスケよりアイスホッケーのほうが社会的に人気があった時期もあるんです。競技としては非常に魅力あるスポーツなので、もっと国内での周知と普及をしていかないといけないと思っています。

写真:アジアリーグの試合会場の様子/提供:東北フリーブレイズ
アイスホッケーの魅力「乱闘」
──魅力と呼んでいいのかわかりませんが、アイスホッケーの風物詩といえば“乱闘”ですよね。なぜあの“ファイト”が許されているのか、気になっていました。
クリス:乱闘が、ある一定の範囲まで許される競技ってなかなかないと思うんですけど(笑)、北米のプロリーグNHLなどでは、昔ながらのそういう慣習が強くありますね。

写真:アイスホッケーでの乱闘/提供:AP/アフロ
── なぜなんですか。
クリス:接触プレーの中で、自分たちのチームのスター選手が敵チームから狙われるんです。
そうさせないために、用心棒じゃないですけど(笑)、こっちも当たりの強い選手を置いて、スター選手がやられたら、その選手がやり返す。
そういう暗黙の了解、ルールのようなものがあります。
ただ、今の国際アイスホッケー連盟主催の世界選手権、オリンピックなどは罰則が厳しくなってきています。
私たち東北フリーブレイズが参戦しているアジアリーグも「メジャーペナルティ」として5分の退場(通常のペナルティは「マイナーペナルティ」として2分の退場)になります。
ほとんどのメジャーペナルティは、その試合は試合出場停止になり、さらに3試合出場停止が追加されたりしますね。
北米とヨーロッパのアイスホッケー文化の違い
── お咎め無しというわけではないんですね。
クリス:国際アイスホッケー連盟はスイスに拠点があり、歴史的にヨーロッパのアイスホッケーはそこまで“ファイト”の慣習がないので、乱闘にたいしては厳しいルールを課しています。
一方、北米のNHLはエンターテイメント性も強く、乱闘しても5分退場してまた試合に出てこれるんですよ。
──アメリカらしいですね。
クリス:ただ近年では、ファイトした選手の脳震盪や、引退後のメンタルヘルスの問題もクローズアップされていて、NHLも、アイスホッケー界全体も、そうしたケア、サポートに取り組む必要があります。
ファイトがあるから卑怯なプレーがなくなる面も
──クリスさん自身はこの“ファイト”文化をどう捉えていますか。
クリス:これは非常に難しくて、ファイトがあることによって、他の汚いプレーや卑怯なプレーがなくなる面もあるんですよ。
──え、どういうことですか。
クリス:例えば、相手チームの選手を故意に怪我させようというプレーや、わざと痛がったり転んだりすることは、アイスホッケー文化の中で恥ずかしい、卑怯なプレーとされます。
──サッカーでは転んでファウルもらうのもテクニックですが。
クリス:アイスホッケーでは違うんです(笑)。で、そういうプレーをする選手はだいたい自分がファイトしたくない選手です。相手チームが卑怯なプレーをするとファイトが始まるので、それを恐れて汚いプレーをしなくなるんです。
──なるほど。
ファイトは本来1:1
クリス:ただ、日本ではそうした考え方が浸透しきっていないので、「乱闘」が始まるとちょっと危ないですね。選手はもちろん、レフェリーやリーグ、ファンの教育も必要だと思います。
──収集つかなくなるということですか。
クリス:みんな乱闘に参加しようとするんですよね。ファイトっていうのは、本来1:1でやらせるんですよ。
そして、レフェリー陣が、二人を同時に止められるタイミングで、ぱっと止めに入るんです。
それを1人だけ押さえようとして、もう1人がフリーで殴れてしまう状況を作ってしまったり。
──格闘技のインタビューしてるみたいです(笑)。
クリス:日本では乱闘は少ないですが、そもそもアイスホッケーのレフェリーは非常に難しいんです。スティックを持っていて、パックも選手も速く、試合の進み具合、選手たちの感情もコントロールする必要があります。
普段は私はベンチからレフェリーに向かって叫んでる側ですが(笑)、でも常に敬意を持っていますし、日本の各地域で、若い世代のレフェリーを育成していかないといけないと思っています。

写真:試合の様子/提供:東北フリーブレイズ
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