「絵に描いたような苦労人」奇跡と涙の初優勝【舩越園子コラム】
PGAツアーのフェデックスカップ・フォールの大会、バターフィールド・バミューダ選手権を制したのは、プエルトリコ出身の36歳、ラファエル・カンポスだった。2011年にプロ転向し、13年目にして初優勝を挙げたカンポスは、ウイニングパットを沈めた瞬間、感極まって涙を流し、優勝インタビューも嗚咽(おえつ)で言葉が途切れ途切れになった。それでもあふれ出る胸の内を夢中で語り続けた姿は、眺めていた人々の胸を打ち、涙や笑顔を誘ったに違いない。
カンポスの今週は目まぐるしい日々だった。月曜日に愛妻ステファニーが第1子となる長女を出産。水曜日にカンポスは我が子を腕に抱き、家族3人で午後5時に帰宅した。しかし20分後には、家を出て空港へ向かった。
「ツアーにおける僕の立ち位置をワイフはよく理解してくれている」
“僕の立ち位置”とは、フェデックスカップ・ランキング147位で今大会を迎えようとしていたカンポスの「シード落ちの危機」のことだった。
プロ転向後、草の根のミニツアーなどで腕を磨き、下部ツアーに辿り着くまでに5年の月日を費やした。コーンフェリー・ツアーで、さらに4年間の下積みを経て、PGAツアーにデビューしたのは、プロ入りから9年後の2020年だった。
その後もシード落ちしては下部ツアーとの間を行ったり来たり。昨年も主戦場はコーンフェリー・ツアーだったが、一念発起して取り組んだ50ポンド(約22.68キログラム)の減量と筋肉量アップのためのトレーニングが好作用し、成績も向上。シーズンエンドにトップ30に食い込み、今季のPGAツアー出場資格を得た。
私生活では長女が生まれ、幸せいっぱい。だからこそ「来年もPGAツアーで戦いたい。フルタイムで働ける仕事を維持したい」という想いに駆られていたカンポスは、生まれたばかりの娘と初めて我が家でともに過ごすハッピータイムをわずか20分で切り上げ、今大会の開催地、バミューダ諸島へ向かった。
試合会場のポートロイヤルGCに到着したのは、初日のスタート時間ぎりぎりだった。しかし、そんな慌ただしさをモノともせず、リーダーボードを駆け上がり、首位タイで最終日を迎えた。
「ワイフの出産のタイミング次第では、この試合には出られなかった。出場できただけでも奇跡。優勝争いに絡んでいることはボーナスだ」
最終日。前半でスコアを1つ伸ばすと、折り返し後は2連続バーディで勢いを増し、単独首位で終盤へ。17番(パー5)では、グリーン奥のエッジからピン50センチへ見事に寄せ、さらにバーディを奪った。
2位に2打差で迎えた18番。フェアウェイから5番アイアンで大きくせりあがった砲台グリーンを狙った2打目は、絶対にショートさせてはいけないという想いのせいか、それともアドレナリンのせいか、グリーン右奥へオーバーした。急激な下りのラインに対して打つ3打目は、ともすればグリーンの下側まで転がり出る大ピンチだったが、またしても、ぴったり50センチに寄せたミラクルショットは、この日、カンポスが勝利に導かれる運命にあったことを示しているかのようだった。
ウイニングパットとなったパーパットをカップに沈めた瞬間、「フ―ッ!」と安堵の一息をつくと、すぐさま涙が溢れ出た。そこから先は、ずっと泣き続け、それでも喜びと感謝を嗚咽の中で精いっぱい口にした。
「信じられない1週間…。僕はとても幸せだ。サポートしてくれたワイフ、チーム、スポンサー、友人たち。みんな本当にありがとう…。調子が良くないときも自分とチームをずっと信じ続け…とうとうPGAツアーのチャンピオンになった」
下積み時代からの選手仲間やキャディたちから次々に祝福され、PGAツアーのメディアオフィシャルたちからも温かくハグされていたカンポス。まさに「絵に描いたような苦労人」だが、どんなに苦しいときも笑顔で懸命に前を向き続けてきたからこそ、彼は周囲からとても愛されている。
「優勝争いはボーナス」と言ったカンポスに、初優勝というビッグボーナスが授けられたこの日、観戦していた世界中のゴルフファンにも、幸せな気分のお裾分けが授けられた。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
Follow @ssn_supersports