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中西直人は大不振から立て直して優勝争い、そしてシード落ちも「最高の1年でした」 | ゴルフのポータルサイトALBA.Net

中西直人のドライバーにはフジクラ『VENTUS BLACK』の6Xが入っている(撮影:山代厚男)

13日、中西直人が藤倉コンポジット株式会社主催の1日大会「[中西直人に聞くスライス対策は「カゴをブーラブラ」【写真】]()

19年、統合された20-21年と2季連続でシードを獲得していた男子ツアーのムードメーカーだったが、今年は苦しいシーズンを送った。賞金ランキング81位で、出場義務試合数不足の5選手を除いた70位までのシード枠に届かず。4年ぶりに出場したファイナルQTでは29位。限定的ながら、来季前半の出場権を確保した。

ギャラリーの声援には常に笑顔で答える中西も、4月の「中日クラウンズ」から9月の「バンテリン東海クラシック」まで約5カ月間で14試合に出場して、予選通過はわずか1試合。スイングの不調からオーバーパーのラウンドを重ね、出口の見えない日々が続いた。「夏場のセガサミーカップの11番ホールで、右の隣のホールのフェアウェイに打ったときは、俺の人生は終わったと思いました」とまでいう。

10月の「ZOZOチャンピオンシップ」と「日本オープン」は出場権がなく、2週間のオープンウィークに思い切ってスイングを見直したことで「何とか帰って来ることができた」と復調。11月「三井住友VISA太平洋マスターズ」では、3日目を終えて4位タイと、シードどころか初優勝目前まで迫ったが、最終日に「74」とスコアを4つ落として12位タイ。あと2打良ければシード枠に入っていただけに悔しいラウンドとなった。

そんな苦しい22年を、中西は「本当に今年は最高の1年でした」と笑顔で語る。なぜなのか。

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