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ジャンボとの練習ラウンドで手応え! 聖地セントアンドリュースで日本人が最も注目を集めた日【名勝負ものがたり】 | ゴルフのポータルサイトALBA.Net
聖地で日本勢が躍動したものがたり(撮影:GettyImages)
歳月が流れても、語り継がれる戦いがある。役者や舞台、筋書きはもちろんのこと、芝や空の色、風の音に至るまでの鮮やかな記憶。かたずを飲んで見守る人の息づかいや、その後の喝采まで含めた名勝負の舞台裏が、関わった人の証言で、よみがえる。
今週は全英オープン。世界最古のトーナメントが150回目という大きな節目を迎えるだけでなく、ゴルフの総本山というべき聖地セントアンドリュースで、誰もが優勝してその名をクラレット・ジャグに刻みたいはずだ。
本題に入る前に、少しだけ歴史のおさらいをしておこう。まずこの大会がThe Open Championship と呼ばれることはご存じのお方も多いだろう。1860年に第1回が開催された当時、他に大会が存在しなかったため。区別する必要がなかったということ。「世界最古のトーナメント」と呼ばれるゆえんだ。
次にセントアンドリュース。結論から先に言えば、セントアンドリュースは世界最古のクラブでは、ない。1608年に7ホールが出来たとされるロイヤルブラックヒースゴルフクラブもあれば、1744年にリースのメンバーが発足させたエディンバラ(現マッセルバラ)もある。セントアンドリュースができたのはエディンバラに遅れること10年の1754年。22人の貴族と紳士が集まり、町の年次競技に寄付をするよう、市当局に要請。銀製のクラブが贈られるようになった(シルバーカップ)。この中にエディンバラのメンバーの大半が入っており、のちのセントアンドリュースの台頭に大きな力を及ぼすことになる。
シルバーカップは外来者の参加も認めるオープン競技としたため、初めてルールが必要になった。それまではマッチプレーのみだったため、コースによってルールはまちまちで、その場その場で長老的なゴルファーが裁定していたが、そうはいかなかくなったわけだ。
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