• HOME
  • 記事
  • ゴルフ
  • 生まれ育ったコース、父の余命宣告… 重圧乗り越え師匠の目の前で最大のライバル撃破【名勝負ものがたり】 | ゴルフのポータルサイトALBA.Net

生まれ育ったコース、父の余命宣告… 重圧乗り越え師匠の目の前で最大のライバル撃破【名勝負ものがたり】 | ゴルフのポータルサイトALBA.Net

日本プロゴルフ殿堂入り式典では“ライバル”から顕彰状 今なお素晴らしい関係は続く(撮影:福田文平)

歳月が流れても、語り継がれる戦いがある。役者や舞台、筋書きはもちろんのこと、芝や空の色、風の音に至るまで鮮やかな記憶。かたずをのんで見守る人々の息づかいや、その後の喝采まで含めた名勝負の数々の舞台裏が、関わった人の証言で、よみがえる。

1978年、初優勝を挙げた森口祐子【画像】

舞台、役者、ストーリーとすべてがそろった優勝劇。主役である森口祐子をして「面白くないくらいいろんなものができ過ぎていた」というのが、1990年日本女子オープンだ。

森口が育った岐阜関カントリー倶楽部(岐阜県)で繰り広げられた勝負には、様々な要素が絡み合っていた。

高校卒業後、プロゴルファーを目指すことにした森口が研修生時代を過ごしたのが、まさにこのコース。井上清次プロに弟子入りする際、面接で「樋口久子を倒すか?倒せるか?」と聞かれ「ハイ。倒せます」と答えた話はあまりにも有名だ。

「高校3年生12月最後の日曜日でした。プロテストも受かっていないのに、その頃最強だった樋口さんを倒せるか?って聞かれて…。でも、先生の情熱とか、いろんなものを感じて『はい』って答えてたんですよね」とその時は今でもはっきりと記憶している。このシーンが、ナショナルオープン開催が決まった時にはよみがえっていた。

関連記事