【NBA FINALS】シアトルからオクラホマシティへ。OKCが歩んできた短くも長い歴史

写真:シェイ・ギルジャス・アレクサンダー(オクラホマシティ・サンダー)/提供:AP/アフロ

偏見かもしれないが、日本のバスケファンは「B.LEAGUE大好き!」「やっぱバスケはNBAだ!」という、B.LEAGUE or NBAの"どちらかしか見ない"という人が大多数な気がしている。決して悪いことではない。そもそも日本でバスケットボールという競技そのものの人気が出てきたのはつい最近のことで、このように「比較」できることは、むしろとても贅沢であり嬉しいことである。 だが筆者としては、どちらかしか見ない人は、ぜひもう片方も好きになって欲しいという、さらに欲張りな願いを持ってしまう(笑)。

そこで今回は、NBA初心者のあなたにNBA FINALSに進出した「オクラホマシティ・サンダー」と「インディアナ・ペイサーズ」が、それぞれどんなチームなのかを、ユニフォームや選手の特徴、また歴史などあらゆる方向から伝えていこうと思う。この記事を読み、どちらかのチームのことが「ちょっと気になるな」「好きかも」と思っていただけたのならば、これ以上幸せなことはない。 今回は、オクラホマシティ・サンダー編。

オクラホマシティ・サンダーとは

そもそも「オクラホマシティ・サンダー」というチームは、2008年にできたチームである。その前は「シアトル・スーパーソニックス」というチームだった。シアトルといえば、日本プロ野球界を代表する名プレイヤーの「イチロー」氏が長く所属していた「シアトル・マリナーズ」を思いつく方も少なくないだろう。西海岸の海と山に囲まれた綺麗な景色が見られることから「エメラルドシティ」という愛称もあり、日本人観光客も非常に多い。 日本人に馴染み深いところでいうと、スターバックス、アマゾン、マイクロソフトなどの本社があることでも有名な場所である。

少し話は脱線してしまったが、シアトル・スーパーソニックスは1967年に設立されて41年の歴史に幕を閉じ、オクラホマシティに場所を移すことになった。この理由を噛み砕いて簡潔に伝えると、シアトル市とチーム側の話し合いで折り合いがつかなかったことが理由として挙げられる。 41年続いてきたホームアリーナの「キー・アリーナ」の老朽化を巡り、チームは「アリーナを建て替えたい or 改修したい」とシアトル市に話をするも、シアトル市は「アリーナ建設に対する支援はできない」と判断した。よって、チームオーナーは新しい場所でアリーナを建てる方向に踏み切ったと言われている。

非常に簡単に伝えるとこのような敬意ではあるが、そこには色々なドラマがあった。一部のファンは、アリーナ建設の支援をしないと判断したシアトル市、そして移転先のオクラホマシティに対して「スーパーソニックスを奪った」と恨みを持っている住民もいる。とはいえ「スーパーソニックスは無くなっていない」と、わざわざサンダーの試合にゾンビメイクをして観戦にいくファンも未だにいる。「サンダー」になってからも、スーパーソニックスとしての歴史は切っても切り離せないことで、恨みではなく「歴史を繋いでくれてありがとう」と感謝をし、サンダーのファンになる旧ソニックスファンも少なくはない。このように新しいフランチャイズでありながら、様々な人の思いを背負っているのが、「オクラホマシティ・サンダー」である。

チーム名の由来、ユニフォームカラーについて

移転先のオクラホマ州は、雷と竜巻が多い街としても有名である。シンプルにそれが由来で「サンダー」と命名されたことが大々的に打ち出されている。 正直、筆者は当時「サ、サンダー?」と耳馴染みのないチーム名に、友人たちと共に困惑したことを覚えている。とはいえ、オクラホマ州に深く関わりがある神話「サンダーバード(ネイティブアメリカンの多いオクラホマ州では神聖な存在)」からも取られていることを知った時は、チームコンセプトも含め腹落ちしたことを今も鮮明に覚えている。

また、サンダーのユニフォームにもネイティブ・アメリカンの話は通ずるところがある。サンダーは鮮やかな水色をチームカラー(サンダーブルー)にしているが、この色の文化は「平和」や「調和」を意味する色だそう。オクラホマ州の自然の豊かさや先人たちの伝統を伝えていくためにこの色をチームカラーに決定したという話だが、そう考えると非常に素敵なストーリーである。 差し色に使われた赤系のオレンジも、「オクラホマ」という言葉がインディアンの言語で「赤い人々」という意味があることから採用されている。オクラホマの歴史と先人達へのリスペクトが十分に反映されたユニフォームは、理由を知ってか知らずかそのスタイリッシュな見た目から、アメリカ現地はもちろん日本でも大人気だ。

 

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