NBAのキャリア支援プログラムとは?NBA選手が、引退後も成功し続けるための取り組み -ビジネスとして見るNBA 番外編 -

これまでの記事でも、NBA選手たちのセカンドキャリアにフォーカスした内容をいくつか紹介してきた。ジョーダンが引退後にどんなことをしているのか、NBA選手は引退後にどんなキャリアを歩むケースが多いのか……。

ジョーダンのようなレジェンダリーな選手は、キャリアの中で引退後も生活に全く困らないほどの収入を手にすることができるが、当然ながらそうではない選手がほとんどである。
アメリカのデータジャーナリズムで最先端を走る「Five Thirty Eight(通称:538)(※1)」によれば、「NBA選手の平均キャリアは「4.5年〜5年弱」」という数字を出していることからも、NBAでキャリアを送れるのは、一部のスーパースターやスター選手に限ることで、多くの選手、少なくとも約半数の選手たちのキャリアは短い。

今回は、NBAが近年特に注力して行っている、NBA側が選手へ提供する様々なプログラムについて紹介する。全ての選手たちが引退後も健康に過ごせるよう、NBAはとにかく注力していることを先に伝えておきたい。

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なぜ、NBAは教育プログラムに注力するのか

NBAに限った話ではないが、どのスポーツもスーパースターを多く取り上げていきたいものである。レブロン・ジェームズはNIKEと契約をし、アメリカのTVCMにも数多く出演し、その資金を元に自身で会社を立ち上げ、その事業自体でも収入を得ている。要は、スポーツ選手はスター選手として脚光を浴びれば浴びるほど儲かるのである。

当たり前のことかもしれないが、ではそうではない選手にフォーカスした時に「彼らの生活が細々したものであるか?」と聞かれれば全くそんなことはない。逆に、過去にはスーパースターになって大金を稼いでしまったことで金銭感覚がおかしくなり、破産をし、ホームレスになってしまった選手もいるほど。

若くして大金を手にすることができるNBA選手に対して、しっかりとお金の使い方を知ってもらうこと、プロスポーツ選手として働ける期間は短いことを伝えることで「引退後も幸せな生活を送って欲しい」と考え、NBAは各教育プログラムを設立し注力しているのだ。

ちなみにこれらは単なる福祉的支援ではなく、リーグの健全性・ブランド価値・経済構造を守るためという戦略的な側面が強い。以下は、主な理由をまとめたものだ。

「選手破産」問題を防ぐため

過去、NBAでは「引退後に経済的に困窮する元選手」が非常に多かった。
アメリカのスポーツメディア「Sports Illustrated」の2009年調査では「引退後5年以内に約60%の元NBA選手が財政難に陥る傾向が強い」といった趣旨の記載がある。NBAのキャリアの中で高額年俸を一気に稼ぐものの、金銭管理スキル・投資知識・節税対策などが追いつかず、浪費・悪徳投資・離婚などで破産する例が多いのだ。ちなみに、これはNBAに限った話ではなく、アメリカ4大スポーツと言われるNFLやMLB、NHLでも同様の事象が起こっている。

このような事例がメディアで拡散されると、NBAの「夢の職業」としてのイメージが損なわれ、リーグの社会的信用にも影響してしまう。このイメージを損なわないために、NBAは金融リテラシー教育・投資講習・ライフプラン教育を義務化した(例:Rookie Transition Program(※2))。

例にした「Rookie Transition Program」に関して言えば、要は現役選手が早い段階で社会的スキルを身につけ、トラブル・不祥事・契約交渉のミスなどのリスクを減らすことを目的としている。リーグ全体で教育コストを先払いしておく方が、長期的に見ればブランド価値の維持につながると考えているのだ。

選手が「ブランドアンバサダー」であり続けるため

NBAは「選手=商品」だけでなく「文化の象徴」と位置づけており、引退後もNBA関連イベント・国際普及・解説・アカデミーなどに登場してもらうことが多い。そのため、引退後も好印象で影響力を保つ人材を増やすことがリーグ全体の価値を上げると考えている。引退後だからといって、犯罪を犯してしまったりすれば、それは同時にNBAの価値を下げることにも繋がってしまうのだ。

現役中だけではなく引退後もNBAというブランドのアンバサダーであることを認識し活動をしてもらうことを目的に。「NBA Cares」や「Basketball Without Borders」(※3)などの社会貢献活動もキャリア教育の一環として組み込まれている。

NBAは“終身雇用”ではないものの、引退後にリーグ関係者・コーチ・解説者・運営職などで復帰する元選手が非常に多い。再雇用ルートを確保することで、経験のある人材をリーグに還流させ、文化を維持できるという考えである(例:「Assistant Coaches Program」や「Referee Development Program」(※4)もこの目的)。

社会的責任

NBAは黒人コミュニティの出身者が多いリーグでもあり、「教育格差・貧困から抜け出した先の支援」を続ける姿勢を強調している。具体的に、リーグやNBPA(選手会)は、“Athlete Empowerment (アスリートの自立支援(※5))” を使命の一つとして掲げ、教育・職業支援・起業支援を公的に発表。つまり、「社会的模範としてのアスリート」を育成する動きをしているという話である。

より具体的な話で言えば、「経済的な自立」「教育・キャリアの自立」「社会的発言・政治的行動の自立」の3つをテーマにした取り組みを、さまざま行っている。詳細は、次章にて。

NBAが行う支援項目とその内容

ここまではNBAの支援プログラムをある程度のカテゴリーにわけてサマリーしてきたが、(※)をつけた部分を含めて、より具体的にどのような内容を行っているのかを紹介していこう。結論から伝えると、NBAは主に3つのカテゴリーで「リーグとしての社会的責任(CSR)」と「選手の人生支援(キャリア&社会活動)」を進めている、という構造である。

Athlete Empowerment 個々の選手のキャリア・社会的影響力支援
NBA Cares 社会貢献・地域貢献活動
Player Development Program 現役・引退後のキャリア形成支援

Athlete Empowerment / Rookie Transition Program

NBAは主に大学卒業もしくは早い選手で大学1年生の代からNBA入りすることができる。具体的に、今年のドラフト1位のクーパー・フラッグ(ダラス・マーベリックス)は2006年12月生まれでデューク大学の1年生。早速中退をしてNBA入りするわけだが、4年間で約70億円の契約となった。1年目は約17億円ほどの年俸であるわけだが、18歳にいきなり17億もの超大金を渡してしまうことになる。この一番最初が特に重要であると考えているNBAは、NBPA (選手会) と共同で、ルーキー(新人)を対象に行う “NBAプロ生活への移行支援” のプログラムを実施している。義務参加という形が多く、「ドラフト直後/サマーリーグ期」に実施されることが多い。それが「Rookie Transition Program」だ。

【主な内容としてNBAが発表しているもの】

財務管理/金融リテラシー 高額収入の管理、投資、節税、支出構造
メディア・SNS対応 報道・インタビュー、社会的発言、ブランド管理
オン/オフ・コートのライフスキル 新しい都市・チーム環境への適応、移動・生活管理、チームメイト・家族・代理人との関係
健康/メンタルヘルス/回復管理 心身のケア、ストレス、睡眠、栄養
リーグや選手会の制度・規約説明 契約ルール、PAとの関係、禁制事項
コミュニティ・社会貢献・ジェンダー/多様性テーマ 近年、社会正義/多様性トピックも導入

これらは、例えば月〜金などという形で連続5日間集中して実施されることが多い。講義を聞くだけではなく、グループディスカッションやケーススタディ、ロールプレイなどさまざまな形式でこれらを学んでいる。
特に最近はNBA選手の年俸も上がっており、ルーキーでも億単位の年俸をもらえるケースは非常に多い。これらの研修はルーキーが「NBAという大きな環境/大きな収入/期待」に直面したときに、陥りやすい落とし穴を最小化し、キャリアの早期から安定した基盤を作ることが目的であり、あわせて「引退後も考えたうえで生きる」土台を作る役割も持つ。

また関連したところで言えば、NBA選手は年間収入が高いものの引退後に破産する例も多いため、金融リテラシー教育や投資支援を制度化している。その研修の内容は以下の通りである。

Financial Education Workshops NBPAが年数回実施。投資・税金・家計管理・保険・資産保全などの講義を実施。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの金融機関が協力
Business of Basketball Camp 現役・元選手を対象に、財務、交渉、マーケティング、スポンサー契約の理解を深める合宿形式の講座
Harvard Crossover Into Business Program ハーバード・ビジネススクールとNBPAが共同で行う“ビジネスリーダー養成講座”。MBA学生がメンターとなり、選手が実際のビジネスプランを立てる。レブロン・ジェームズ、CJ・マカラム、ジェイレン・ブラウンらも参加経験あり

 

NBA Cares / Basketball Without Borders

NBAとして「バスケットボールを通じて社会をより良くする」ことを実現するための活動が「NBA Cares」である。現役生活中にも地域に貢献すること、社会に貢献することの素晴らしさを選手たちに実際に感じてもらうためのプログラムだ。NBA本部・各チーム・選手会(NBPA)・パートナー企業が共同で行っており、具体的な内容としては以下の通り。

分野 具体的な内容 代表事例など
教育支援 学校施設の修繕、奨学金提供、STEM教育支援など “NBA Reading Program” で選手が学校を訪問し読書推進
青少年育成 ジュニアNBA(Jr. NBA)や地域のバスケクリニック開催 世界70か国以上で展開中
健康・福祉支援 医療支援、がん基金への寄付、メンタルヘルス啓発 “Basketball Without Borders”でスポーツを通じた健康促進
社会正義・平等推進 人種差別撤廃・LGBTQ+支援・女性エンパワーメント活動 “NBA Voices”キャンペーンなど
災害支援・環境活動 自然災害被災地への支援、再生エネルギー利用促進 カトリーナ災害後の地域再建支援

あくまでこれらの活動は、選手主導の参加型で行われており、単なる寄付ではなく彼らが学校や施設、病院などに直接訪問をして活動をしている。リーグ全体でも年間数千件の規模で行われていること、またNBAのパートナーでもあるNike、State Farm、Kiaなどが共同で資金・物資提供を行っていることも特徴。ちなみにこの活動の国際版的プロジェクトで、FIBA(国際バスケットボール連盟)と共同実施しているのが「Basketball Without Borders」である。

また、最後にNBAは政治的・社会的発言を禁止せず、むしろ奨励している稀なリーグでもある。2020年のBLM(Black Lives Matter)運動以降は特に「社会的発信のリテラシー教育」を重視した制度を設けており、以下の活動も行っている。当然、選手は現役中にこれらの研修も受けている。

NBA Voices / NBPA Social Justice Coalition 社会正義、投票促進、差別撤廃を掲げる選手主導団体。クリス・ポール、カーメロ・アンソニー、CJ・マカラムらが設立に関与
Player Impact Committee 選手がリーグ政策や社会活動に発言できる仕組み
Community Leadership Programs 社会貢献活動に関わる選手を育成する制度。NBA Caresとも連携
Media Training / Social Media Strategy Workshop SNS発信やメディア対応の教育。炎上対策や自分のメッセージを正しく伝える技術も学ぶ

 

Player Development Program

NBAが最も重要視しているとも言われているのが、PDPとも称される「Player Development Program」である。これは現役中から引退後までのキャリア支援・人間的成長支援することを目的に設立され、NBAおよびGリーグの全選手が対象である。簡単に言えば、1人のバスケ選手からビジネスパーソンへと育成するためのプログラムだ。
NBA本部の「Player Development部門」とNBPA (選手会) が共同で運営を行っているが、主な支援内容は以下の通りである。

キャリア教育・就業支援 引退後の職業探索、業界理解、ビジネススキル研修 GoogleやJPMorganと提携して「NBAビジネスアカデミー」を実施
金融リテラシー教育 投資・税金・貯蓄・詐欺防止などの講座 金融崩壊や破産を防ぐための必須教育。マイクロソフトやVisaが協力
学歴・学習サポート 大学に戻って学位取得を支援(例:クリス・ポール、ジェイレン・ブラウンらが修士課程受講をサポートされている
メンタルヘルス支援 カウンセラー常駐、家族向けプログラムも ストレス・孤立・燃え尽き防止のため、NBAとNBPAが専門チーム設置
メディア・パブリックスピーキング研修 インタビュー・発信力強化 ESPN・TNTなどと連携して模擬取材・SNS教育を実施
コミュニティリーダー育成 社会貢献・NPO活動支援 「NBA Cares」や「Basketball Without Borders」と連動して企画実施

【実際の取り組みの内容】

Transition Program 引退予定・契約切れ選手向けに、キャリア移行支援を実施。就職・起業・指導者などを紹介
Business of Basketball Seminar スポーツマネジメントやスポンサーシップ、フロント職の体験研修を行う
Sportscaster U. NBPA×シラキュース大学による放送メディア教育。解説者・番組制作者・レポーターとしての訓練
Player Internships / Job Shadowing オフシーズン中に選手が企業(Nike、Google、ESPNなど)で短期インターンを行える制度。NBA/NBPAが調整
Assistant Coaches Program 元選手がNBAチームのコーチングスタッフとしてキャリア転換できるよう支援。NBA主導
Referee Development Program 元選手やスタッフ志望者をNBA審判として育成

 

”並”のNBA選手のその後

2024-25シーズンの最低年俸は、ルーキーで約1,600万円。10年以上の選手で約4,700万円。そこまでスキルの高くない新人でもいきなり1,600万円もの給与をもらえるわけだ。もちろん、クーパー・フラッグのようにルーキーで約17億円ほどの契約を結ぶケースもあるが、これはヒエラルキーのトップである。

NBAでの成績の良し悪しに関わらず、このように一般のサラリーマンでも稼げないような金額を手に入れられるのがスポーツ選手の魅力ではある。加えてNBAの場合はこれまで山ほど伝えてきた通り、NBA選手としてのキャリア終了後に向けた研修があまりにも充実していることから、選手のセカンドキャリアとしては「起業する」「ビジネスに転向する」「指導・コーチングやトレーニング業界へ移る」というパターンが比較的多い。

一部の報道(※6)では、元NBAのスター選手たちの中でトラック運転手・財務アドバイザーなど一見バスケと関係のない道を選んだ選手の名前も上がっており、また元NBA選手が「マクドナルドのクルーになった」「スターバックスで働いた」などの噂もしばしば目にする。
いずれにしても「サラリーマンとして働いている」というケースは非常に少なく、引退後も自分で何かしらのビジネスを起こす人、もしくは引き続きバスケットに関わる人がほとんどである。NBAのコミッショナーであるアダム・シルバー氏は「NBAはプレイヤーの雇用者であると同時に、教育機関でもあるべきだ。彼らが“次の人生”に進むための準備を、リーグとして支援するのは当然だ」と、2020年のESPNのインタビューで答えている通り、より多くのNBA選手が、引退後にも素晴らしいキャリアを歩めるように、NBAは競技以外の側面にも今後注力を続けていく。

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(※1)https://fivethirtyeight.com/features/how-were-predicting-nba-player-career/
(※2)https://www.nba.com/news/nba-hosts-annual-rookie-transition-program-for-leagues-newcomers
(※3)https://cares.nba.com/about-us/
(※4)https://fivethirtyeight.com/features/how-the-nba-is-using-summer-league-and-virtual-reality-to-train-refs/
(※5)https://www.espn.com/nba/story/_/id/29602899/nba-establishes-fund-support-empowerment-black-community
(※6)https://www.basketballnetwork.net/off-the-court/the-most-surprising-career-choices-nba-legends-made-after-retirement