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異例だった開幕前の退任発表。矢野監督の言葉に「正直あまり聞きたくなかった」と漏らした虎戦士の掲げる想い

キャンプイン前日に今季限りでの退任を決意した矢野監督。その言葉に選手たちは何を想うのか。写真:産経新聞社
 コロナ禍での静かなキャンプインのはずが、指揮官の言葉で一気に様相が変わった。オミクロン株の止まらぬ感染拡大による取材制限でリモートでの対応となった阪神タイガースのキャンプイン前日の会見だ。

 例年、ホワイトボードを使っての熱弁など、全体ミーティングで熱く語りかける矢野燿大監督が今年は何を話したのか。そんな自然な流れでの問いに、昨年まで守護神を務めたロベルト・スアレスの退団をふまえて「穴を埋められて、(選手が)成長できたというキャンプにしていこうと、そういう話をした」と答えた指揮官は、自ら切り出した。

「もう1個は……俺の中で今シーズンをもって監督は退任しようと思っているので、それを選手たちに伝えた」

 シーズン開幕どころか、プロ野球界の“お正月”を迎える前の異例の表明だ。いったいなぜなのか。矢野監督は、こう言葉を続けた。

「伝えたからって選手にどうしてほしいというわけではないんだけど。俺も選手たちに後悔のない野球人生を歩んでもらいたいとか、昨日の自分を超える日々を過ごしてほしいとか言っているなかで、俺自身、来年はもう監督という立場でここに来ていることはないんだなという気持ちを持って、自分も挑戦していきたい」

【動画】虎党がどよめいた162キロ! 藤浪晋太郎の圧巻奪三振シーンをチェック 選手の奮起を促す“劇薬”的な意味合いでの表明を否定したうえで、自らの退路を完全に断ち、一日一日を無駄にしない心持ち、自身の姿勢の部分を強調した。

 今日という日は2度と返ってこない——。それは就任以来、選手たちにも繰り返し伝えてきた矢野野球の根幹だ。今回の発表もタイミングは電撃的で、インパクトも大きくなったが、「退任」という言葉を使ってあらためてチームの指針を示した意味合いもあったのかもしれない。

 そもそも、不退転で臨む“ラストイヤー”に変わりはなかった。3年契約の最終年となった昨季は、ヤクルトに捲られてレギュラーシーズン2位。3年間はすべてAクラス入りも、リーグ優勝には届かなかった。シーズン途中に続投要請を受けた球団と結んだのは単年契約。その時点で球団側に退任の意向は伝えていた指揮官は、それを秘めることなく、表明する驚きの選択をしたのだ。

 では、選手たちはどう受け止めたのか。事前の段階から監督に続いてキャンプインの前日取材に応じることが決まっていた坂本誠志朗の第一声は、「びっくりしたのが一番」だった。

「監督もいろんな覚悟や思いがあって言葉にされたと思う。自分たちのやることは変わらないと思うので、野球で体現したい。優勝監督という称号をプレゼントしたい思いは強くなった」

 新主将はチーム内に広がる動揺を考慮しながらも、冷静かつ自身に強く言い聞かせるように言葉を繋いだ。
  驚きの発表から一夜明けて迎えたキャンプ初日。他の選手たちもそれぞれ口を開いた。

 チーム最年長のベテランである糸井嘉男は、「寂しさもあり、正直あまり聞きたくないというか、そういう気持ちでしたけど、僕らにできることは最高の胴上げを絶対に今シーズンするという。それだけを目指して今日から頑張ります」と吐露。そして、ドラフトで交渉権を獲得するクジを引き、自身にとって初めてのプロ野球の監督だった佐藤輝明は、坂本と同じく「体現」というフレーズを使って胸の内を明かした。

「(このタイミングでの退任表明は)監督らしいなと。しっかり言葉にしてっていうところが、監督らしいなと思いました。最初のプロ野球の監督ですし、すごい色々教えてもらったことがある。教えてもらった野球を体現して監督を男にできるよう頑張っていきたい」

 矢野監督自身が「賛否両論いろんな意見があることも想像して」と覚悟したようにSNS上でも、今回の決断にはファンの様々な意見が飛び交った。「覚悟が伝わった」という声があがった一方で、「辞めると決めた上司についていくかと聞かれると求心力は落ちる気がする」などの厳しい声も少なくなかった。

 それでも、大きなマイナス要素は生まれないと理論派の指揮官ならでは考えがあっての表明だったはずだ。3年間でのチームの成熟度に手応えを深めているのは確かだ。
 「本当に良いチームになってきている手応えがすごくある。中身というか、みんなの姿勢というか。今の俺のキャパで伝えられることは、この3年間で全力で伝えてきた。(今年は)その集大成、俺の勝手な個人としての集大成としてね。1年間やりきるというところにみんなきてくれたなというのはあったんで」

 発表から数日経ってあらためて考えてみても、決断の善し悪しは分からない。そのなかで、一聴しただけではドライに聞こえても、「矢野さんが辞める、辞めないに限らず活躍したいので」と言った藤浪晋太郎の言葉がスッと胸に入ってきた。

 筋書きのあるドラマなら優勝への“前フリ”となる。だが、ここはシビアで残酷なプロ野球の世界。技術の高みを目指す選手が最高のシーズンを追い求める結集が、チームをエモーショナルな終着点に導く。船出を前に終わりの始まりを告げた矢野タイガースの航海の行方は——。

取材・文●チャリコ遠藤

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