ニューバランス『1000シリーズ』『900シリーズ』
あるときはよそ行きのおしゃれなアイテムであり、あるときは部屋着やワンマイルウエアになることもある。また性別を問わずワードローブの中で存在感を示し、とがったストリート系の若者からフツーのおじさんまで袖を通す。スウェット(トレーナーという呼び方のほう馴染んでいる人もいるかもしれない)ほど、懐の深い服はなかなかない。
スウェットは多くの人が子供だった頃から目にして、着ていたことを考えると、長い間愛されてきた服だ。その起源は1920年前後のアメリカ(イギリスという説もある)とされる。実はスウェットとは生地の名称で、表地が平織り、裏地がパイルなどの起毛素材を用いた二層構造をもつニットのこと。その生地を使って、頭からかぶるプルオーバータイプをスウェットシャツ、そこにフードがつくとパーカ(フーディー)、パンツになるとスウェットパンツと呼ばれる。
ここで紹介するニューバランスの「1000シリーズ(写真上)」、「900シリーズ(写真下)」にはそれぞれスウェットシャツをはじめ、スウェットパンツ、パーカなどのアイテムが(「900シリーズ」にはレディスのスウェットスカートやワンピースも)ラインナップされている。それらに共通するのは、スウェットシャツの黎明期を強く意識したアイテムであること。だが古き良きスウェットシャツの香りを色濃く残しながらも、写真の通り、単に古着をそのまま復刻したわけではない。その絶妙なさじ加減をカタチにした、ニューバランスの大角剛史さんに話を聞いてみた。
「スウェットシャツは間違いなくアメリカのカルチャーやファッションに寄り添ってきた服です。アメリカのボストンに本社を置くニューバランスのシューズも同じようなポジションにあるモノ。ならばそんなニューバランスのDNAを感じられるアパレルもほしいというリクエストに応えようと、シューズ同様に、オーセンティックでクラフトマンシップにあふれる服、すなわちスウェットシャツを作ろうというのがスタートでした」
今でこそ機能的なスポーツウエア(日本がW杯で苦杯をなめたコスタリカチームのユニフォームもニューバランスだった…)から、こなれたタウンウエアまで、アパレルにも力を入れているニューバランスだが、その原点は言うまでもなくシューズ。20世紀の初頭、矯正靴のメーカーとしてスタートしたニューバランスは、1960~70年代にかけてランニングシューズによって名声を高める。
そして今日、トップアスリートから圧倒的な支持を集めると同時に、スポーティでこなれたスニーカーはファッショナブルなアイテムとしても絶大な人気を博し、さらにクラフトマンシップにこだわる歴史のあるUSA MADEのシューズも継続している。まさに唯一無二のシューズブランドといえる。だがこの「1000シリーズ」、「900シリーズ」がリスペクトするスウェットシャツの黎明期に、ニューバランスはまだ服を作ってはいなかった…。
「最初に考えたのは、スウェットシャツが登場した時代に、New Balance Athletics Inc.(ニューバランスの社名)が、もちろん架空ですが、New Balance Sweatshirts Supply Inc.というスウェットシャツメーカーをもっていたら、どんなモノを作っていただろうかということです」と大角さんは笑う。さらにこうつけ加えてくれた。
「スウェットシャツには “チャンピオン” のような歴史のある王道ブランドがあり、また国産のブランドにもモノ作りに凄くこだわっているところが多い。その中でニューバランスらしさを出していくためにはどうしたらいいのか。とにかくスウェットシャツとして正統派であり、真っ当なことをちゃんとやっていくことだとデザイナーと話しました。きっとNew Balance Sweatshirts Supply Inc.があれば、そうしたはずですから」
このニューバランス「1000シリーズ」、「900シリーズ」のスウェットアイテムの、オリジンに対するリスペクトは細部にわたる。
「糸の段階からこだわりました。スウェットシャツが登場したころ、アメリカで主流だった空紡糸を使って、紡績の方法、糸の太さ、表糸・中糸・裏糸の組み合わせ方まで、当時だったらこうしたのではと思いを巡らし、生地屋さんともずいぶん話しました。ガシっとした雰囲気を出すために糸は太めに、裏糸だけ少しポリエステルを混ぜて起毛感を強めて、生地に膨らみを出しました」と大角さんは言う。
厚さには若干の違いこそあれ、「1000シリーズ」、「900シリーズ」のスウェットシャツは、ともに肉厚でボリューム感があり、乾いた手ざわりで少しゴワゴワとした質感は、今どきのスウェットシャツにはあまりないもの。独特な裏地の起毛感も心地いい。
「今なら空紡糸ではなくリング糸、素材もコットンではなくポリエステルだけで作ることも多い。だから袖を通せばそこまでは感じないけれど、手に持つとちょっと重いし、乾きやすく、シワになりにくいといった機能まではケアできません。そこは「1000シリーズ」、「900シリーズ」のコアとして、スウェットシャツのオリジンを引き継いだ部分です。それでも着やすさはきっちりと担保されていると思います」
こうしたこだわりはディテールにも見ることができる。強度を高めるために縫い目が3本並列するトリプルニードルや、糸が交差する千鳥ステッチなど、当時は機能性を高めるために用いられた手法が、スウェットシャツらしさ、さらにはアメリカンテイストを表現してくれる効果的な存在になっている。
こうした部分だけを見ていると、ヴィンテージウエアをきっちりと復刻したもののように思えてくる。だがそれでは、いわゆる服マニア、モノオタクだけが喜ぶようなスウェットシャツになってしまう。大角さんが考えた「1000シリーズ」、「900シリーズ」のキモは、そんなウンチクを知らずとも、今の時代にあった感性で着こなせる服であることだ。そう考えたきっかけをこう話してくれた。
「よく足を運ぶ洋服屋さんの若いスタッフが、『いい古着を見つけたけれど、着てみると何かしっくりこない』と話していたのです。古着のもつ昔ながらの素材感や雰囲気は何物にも代えがたい。でも細かく見ると身幅と着丈のバランスが悪かったり、身幅にはほどよいオーバーサイズ感があっても、首まわりが広くてだらしなく見えてしまう。これって古着ならではの良さかもしれませんが、どうしても着たときのルックスが今っぽく見えない…。古着の世界を知らなくても、パッと着てカッコよく、かわいく見えるように落とし込みたいと思ったんです」
これはタンスの肥やしとなっていたお気に入りの服を、改めて今着てみると、どこかダサく見えてしまうのと同じ感覚だろうか。服マニアやモノオタクのためのスウェットシャツにしないのであれば、こだわりの素材やディテールを生かしながらも、服としてモディファイ(現代的にカスタムする)を加えることも必要になってくる。
シルエットやサイズ感の違いによって、服の見え方は一変する。そこでその部分は古き良きではなく “今どき感” を重視した。「1000シリーズ」ではよりそこに目を向けて、レギュラーフィットのほかに、このところのトレンドでもあるビッグサイズなシルエットを意識した “オーバーサイズフィット” というラインも用意した。
袖つけもヴィンテージのスウェットシャツであれば、首から脇へ斜めにステッチが入るラグランのイメージだが、肩口にステッチが入る一般的なセットインにして、脇などにゆとりをもたせて、肩を動かしやすくする工夫も加えた。見た目の古めかしさだけでなく、古着の着にくさも解消して、気軽に着てもらえるようなアップデートを目指した。
また「900」シリーズのアイテムに見られるような “ロッカーループ”(ボタンダウンシャツなどの背中に入る、ボックスプリーツの上についた小さなループで、ロッカーのフックにシャツを掛けるために作られた)は、当時のスウェットシャツには見られないディテールだ。こちらはその時代のアメリカの雰囲気を醸し出すためのモディファイとして、違和感なく溶け込んでいる。そしてシューズにも見られるようなリフレクト糸を効果的に用いているのも、モディファイのひとつで、ニューバランスらしさを演出している。
スウェットシャツのオリジンを意識しながら、現代のファッション感覚にもマッチする「1000シリーズ」、「900シリーズ」。ふたつのシリーズの違いを大角さんはこう説明する。
「1000は当時の軍隊のトレーニングウエアのイメージ、900は少しカジュアルダウンして、その頃の大学の生協の中で積まれて売られているような、アメリカ東海岸のカレッジ風かな」
このイメージをすんなり理解できる人はあまりいないだろう。さらにはスウェットシャツに込めたこだわりに気づく人も多くはないはずだ。だがそこのところは大角さんも承知済みだ。
「もしボクが店頭に立ってこのスウェットシャツを薦めるのであれば、いくらでも思いを話し続けます。けれどそういうわけにもいかない。ボクらのこだわりはわずかしか伝わらなくても、手に取ってくれた人が、普段、スポーツショップで売られているスウェットシャツとはちょっと違う、けれどどこかいい感じだなと思ってくれればいいですね。そしてシューズだけで終わらない、ニューバランスの新しいコアなファンが増えればうれしいです」と大角さんは語る。
このところスポーツブランドのスウェットシャツは、ハリがありストレッチ性にも優れ、軽量なダンボールニット製が人気だ。だがニューバランスの「1000シリーズ」、「900シリーズ」はそれとは違ったアプローチでスウェットシャツを提案する。それは『ポパイ』を傍らに、当時の渋カジに夢を膨らませ、スウェットシャツやヴィンテージジーンズの復刻版を着ていた大角さんの青春時代と同じモノでもなく、それでいてスウェットシャツのオリジンの香りを残し、さらには今、2022年らしさも感じられる。
1950年代から現在まで大きく姿かたちを変えることなく愛されてきたスウェットシャツだが、それは不変だけが求められてきたのではなく、時代への順化もあってこそエバーグリーンとして輝き続けているのだ。大角さんは「1000シリーズ」、「900シリーズ」を長く着続けて、古着になったときも楽しみにしている。
Follow @ssn_supersports