「2年で結果が出なかったら引退」全豪オープン初戦敗退の西岡良仁を悩ます“負のスパイラル”<SMASH>
「僕はあと、2年だと思っています」
彼がさらりとそう言った時、言葉の真意を、とっさには測りかねた。ただ彼はそのあとも、よどみなく続けていく。
「ランキングが落ち続けたら、やる気がなくなってしまうと思う。この2年間で結果が出なかったら、僕、たぶん引退すると思うので」
語る声色は平板で、極めて無機質に乾いて響く。その冷静さが逆説的に、西岡良仁が抱える心の痛みを、深くえぐるようだった。
全豪オープン初戦のコートに立つ西岡は、ブレークの好スタートにも関わらず、迷いと苛立ちを抱えていた。必ずしも、プレーが悪い訳ではない。だが、彼の中で何かが噛み合っていないのは、ポイント間の表情や、動向を見ても明らかだ。
ファーストサーブをネットにかけては、「なんでや!」と叫ぶ。ショットをネットにかけるたび、不安げな表情で、兄やコーチたちが座る一角に顔を向ける。
2セットを失い、それでも徐々にリターンのタイミングをつかみ第3セットは取り返すも、試合の流れを変えるには至らなかった。
「昨年の終盤から、良いプレーができていない。その理由がわからない。勝ててもいないので自信がない」
試合後の会見で、西岡は苦しい胸の内を隠すことなく履きだした。
彼が「良いプレーができていない」と感じ始めたのは、昨年の夏のこと。右手首を痛め、自信を持つバックハンドを、思うように打てなくなったのが主因だった。
もっともその頃はまだ、「ケガが治れば、また勝てる」と信じていた。ただ、勝利に見放され試合数も少なくなるなかで、自分でも気づかぬうちに「勝てるビジョンが描けない」状態に陥っていたという。
ケガが癒え、年末年始の練習では、決してプレーは悪くないと感じていた。そのことは、コーチである兄の靖雄も「練習では良いんです」と裏書きする。ただいざ試合になると、「ミスするイメージ」を頭から打ち消すことができない。それは、知略を最大の武器に戦う西岡にとり、何より苦しいことだった。
170センチの身体は、選手の大型化が進む昨今の男子テニス界において、圧倒的に小柄な部類だ。ツアー全体を見渡しても、西岡と同等の体格の選手は、ディエゴ・シュワルツマンくらいしか見当たらない。
その西岡が、パワーで勝る上位勢相手に数々の勝利を手にしてきたのは、「いつも動画を見ながら相手を研究している」という分析力。さらには、立案した作戦を完遂するだけの胆力と、小さな身体に溢れんばかりに詰めこんだ負けず嫌い魂があってこそ。そして何より、戦略がハマった時に覚える、アドレナリンが噴き出るような快感だ
そのように心技体を総動員して戦う西岡だからこそ、ツアーそのものを楽しむことは、試合や練習と等価に重要な要因だった。好調だった2019年には、試合のない日は練習をせず、観光や食事でリフレッシュし結果を出した大会も少なくない。
だが、コロナ禍のツアーでは外出もままならず、外界からのインスピレーションも得られない。閉塞感が募る遠征生活の中で、負のスパイラルに陥っているのが、今の西岡なのだろう。
「2年で結果が出なかったら引退」の言葉は、ツアーの厳しさを知り尽くす西岡が口にした時、リアルな質感を帯びる。
それでもやはり、彼にはまだまだ、長く活躍して欲しいと願わずにはいられない。
彼ほど、テニスの奥深さと可能性をコートに描き、観る者に「柔よく剛を制する」痛快な喜びを与えてくれるプレーヤーは、他に居ないのだから。
現地取材・文●内田暁
【PHOTO】西岡良仁が日の丸を背負って戦った東京五輪と代表選手たち
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