「バスケットボールを学ぶ生徒のようだった」ピッペンが“一緒にプレーしてみたかった選手”を明かす<DUNKSHOOT>
1990年代にNBAを支配したシカゴ・ブルズの主力で、殿堂入り選手のスコッティ・ピッペンは、赤裸々に思いを綴った自身初の自伝『Unguarded』で史上最高のデュオとも呼ばれた名相棒のマイケル・ジョーダンを辛辣に批判して波紋を呼んでいる。そのなかで、“一緒にプレーしてみたかった選手”にジョーダンの正統後継者の名前を挙げた。
ピッペンはプロ入りした1987年から98年までブルズでプレー。91~93年の前期はジョーダンとのデュオ、96~98年の後期はジョーダン、デニス・ロッドマンとの三銃士で3連覇を果たした。
ピッペンは攻守万能のオールラウンダー、そしてチームプレーヤーとして存在感を示した一方、共闘した相棒が神様ジョーダンだったこともあって、太陽と月のような関係で、“2番手”の枠から抜け出すことはできなかった。
ピッペンは著書『Unguarded』で、「私はマイケルよりもはるかに優れたチームメイトだった。私はいつも、背中を押すように励ましの言葉をかけて、仲間たちが自信を失うのを防いでいた。ドキュメンタリー(『ザ・ラストダンス』)でマイケルがチームメイトにひどい扱いをするのを改めて見て、恐ろしくなったよ」と“ジョーダン批判”をしていた。
そんなピッペンは、著書のプロモーションを兼ねて出演した『GQ Sports』のインタビューで、「一緒にプレーした中でベストのチームメイトと、プレーしてみたかった選手は?」という読者の質問に答えている。
「今まで一緒にプレーした中でベストのチームメイトはマイケル・ジョーダンだ。それに疑いの余地はない。いつ、どんな時でもそう言うだろう。一緒にプレーしてみたかったけど、叶わなかった選手の1人がコビー・ブライアントだ」
ブルズ時代にはジョーダン、ヒューストン・ロケッツ時代にはアキーム・オラジュワンやチャールズ・バークレー、ポートランド・トレイルブレイザーズ時代にはラシード・ウォーレスやアルビダス・サボニス、スティーブ・スミスらと共闘したピッペンだが、「ベストのチームメイト」に関してはジョーダン以外の選択肢はないという。
そして、ジョーダンの正統後継者として、その後のNBAを牽引したコビー(元ロサンゼルス・レイカーズ)と一緒にプレーしてみたかったと明かした。
「コビーは私の動き、守備の仕方を偶像化していた。私が引退した後、いろんなシチュエーションに関する質問をするために電話がかかってきた。『この選手をどう守る?』『どんなフットワークを使う?』『この状況ではどうする?』ってね。彼は自分の能力を高めるために、人の知恵を借りることも厭わない。バスケットボールを学ぶ生徒のような感じだったね。私ならマイケルをどのように守るかとか、聞かれたものさ。彼は常に自分の能力を磨くことに徹していた」
当のピッペン自身は、名司令塔マジック・ジョンソンを偶像化し、ジョーダンが最初の引退をして不在だった1993−94シーズンはオールラウンダーとしてさらに成長。「私は小さな頃、マジックに憧れて育った。彼がどのようにプレーし、チームを走らせ、攻守両面でコントロールしているかを見たものさ。コート上のリーダーだったからね。声も出すし、多くを学ばせてもらった」と振り返っている。
もし、ピッペンがコビーとチームメイトになっていたら、通算の優勝回数はさらに増えていたかもしれない。
構成●ダンクシュート編集部
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