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ラグビー『カンタベリーオブニュージーランド_日本代表チーム2019ジャージ(後編)』
ラグビージャージに求められる究極の機能性を、さらに高めるために作られたラグビー日本代表チーム2019新ジャージ。耐久性、軽量性、運動性、快適性などの向上は、数値にも表れ、もちろん選手たちからも絶賛された。
このジャージが生まれる陰には、貴重なモニタリングに協力してくれた選手たち、素材メーカーの存在があったことはすでに紹介した。さらにもうひとりの重要な登場人物がいる。それはパタンナーとしてこのプロジェクトに参画したゴールドウィンの沼田喜四司さんだ。その技術は「現代の名工」として表彰を受けている。
思い起こしてみると、かつてのようなコットンライクなラグビージャージを見ることはもはやなく、今や主流は素材に伸縮性のあるフィットジャージとなっている。伸びる素材なのだから、実際の体よりも小さめにジャージを製作すれば、軽くなり、フィット感は高まる。けれどそれでは実際に着用する選手が、そのタイトさにストレスを感じてしまう。もちろん耐久性や運動性などにも支障をきたすこともある。そこを埋めていったのが型紙を作る沼田さんのワザだ。
今回のジャージを製作する際、選手自身が3Dスキャナなどによる計測に協力したのだが、3Dスキャンから得られるデータは、ある瞬間の選手の動きでしかない。プレーは常に継続し、そのたびに選手の動きも変化する。だから先端技術ではとらえきれない隙間が存在する。沼田さんはラグビーの試合を改めて熟視し、蓄えてきた知見をいかして、その隙間を埋めるべく型紙に落とし込んでいった。
型紙では1枚のジャージが100のパーツに分けられる。どんなシーンでどのくらいの負荷がかかり、選手がどのようなストレスを覚えるのかを想定して、デジタルの測定値に対して、わずか数ミリ単位で、各パーツのサイズや形を調整していく。もちろん採用した新しい素材の特性も加味しなくてはならない。そのため選手の体には触れない、ほんのわずかな空間が必要となることもある。
言ってみれば、フロントロウの選手が直立しているときでも、がっちりとスクラムを組んでいるときでも、変わることなくストレスを感じないジャージを作らなくてはならない。そのための設計図を書いたのが沼田さんだ。
機能性を高めた新素材、緻密なパターン、それだけでは終わらない。それぞれの具体的なプレーをサポートするための、ジャージの工夫にも驚かされる。たとえば2015ジャージから続けてきた異素材の組み合わせ。フォワードが組むスクラムが緩まないように、肩の部分にはベース素材ではなく、滑り止め効果のある特殊ファイバーを使用している。
また袖口の部分だけに、肌にしっかりフィットする素材を用いている。これは優れた伸縮性の弱点を克服するためだ。ジャージの伸縮性はアドバンテージだが、同時に敵からタックルを受けたとき、ジャージをつかんだ相手の指が離れにくくなるというリスクもある。そのためにフィット感を高め、指が入り込みにくくして対応している。
そしてボールを前に落としてノックオンの笛が鳴らないように、ジャージの胸の部分には、滑り止め効果をもたせた樹脂がアレンジされている。
ここまではジャージの機能性にスポットを当ててきたが、そのデザインでも今回のジャージは大きな注目を集める。細部まで日本らしさが追求されているが、石塚さんの思いは少し違う。「目指しているのはナショナリズムではなくチームスピリット。コンセプトとなった武士道精神は日本チームが世界と戦う姿勢です。そんな精神性が込められたデザインなのです」。そしてそのデザインにもさまざま思いが込められている。
赤と白のボーダー、桜のエンブレムは変わることのない日本代表チームのシンボル。今回は桜のエンブレムが立体的になっている。もっとも印象的なのは鋭角的なラインのボーダー。これは世界と戦う武士道精神の象徴であり、デザインのモチーフともなった兜の前立てをイメージしている。同時に日本チームらしいスピード感、躍動感、力強さも体言している。
また正面からはV字にも見えるボーダーは体を強く、大きく見せ、一方、バックでは追いかけてくる敵を振り切る速さを感じさせる視覚効果も計算されているのだ。
赤を縁取るゴールドは今回のワールドカップのマークにも描かれている、富士山からの美しいご来光がモチーフ。生地のベースには日本の伝統からインスピレーションされた吉祥文様が地紋として表現されている。青海波など着物の柄などで目にする、トラディショナルで馴染み深い和柄。そこには勝利を祈願する意味合いもある。
日本代表チームのスピリッツである、人としての正義、勇気、思いやり、謙虚さ、誠実、名誉、忠義という武士道精神を、日本ならではのモチーフをベースに表現したデザインも、間違いなくチームの力になってくれているはずだ。
機能性、デザインとも、まさに最強の日本チームにふさわしいクオリティを備えたジャージ。そしてそこに込められた思いを聞いていると、石塚さんが語る、「ジャージの差が勝利につながることもあります」という言葉が重みをもって伝わってくる。
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