昇降格不要論。米国型スポーツの設計思想 - アメリカ4大スポーツ比較 vol.4-1 -

まず前提として、アメリカ4大スポーツ(NFL/MLB/NBA/NHL)には、昇降格制度が存在しない。

一方、日本ではJリーグをはじめ、Bリーグ(※Bリーグは来季から制度変更予定)が昇格・降格を制度として採用してきた。
「J1」のクラブは「J2」へ落ちないために、「J2」のクラブは「J1」へ上がるために、強い緊張感を持ってシーズンを戦う。これまでのBリーグも、基本的には同じ構造である。

J1昇格やB1昇格が決まる最終節では、スタジアムやアリーナが超満員となり、ファンが一体となってチームを後押しする。こうした“わかりやすい盛り上がり”を生み出せること、そして昇格・降格という明確なドラマを描きやすいことは、昇降格制度の大きな特徴だろう。

それではなぜ、これほど感動や熱狂を生みやすい制度があるにもかかわらず、アメリカ4大スポーツはいずれも昇降格制度を採用していないのか。そしてなぜ、昇降格が存在しないにもかかわらず、彼らは極めて強固なファンダムと地域密着を築くことができているのか。

本シリーズは前後編の二本立てで、昇降格がないことの「欠点」を論じるのではなく、昇降格がないからこそ可能になった競技設計に焦点を当てる。アメリカ型スポーツがどのようにリーグを設計し、地域と結びついてきたのか──その“別解”を整理していきたい。

前回記事:
“ストーリーテリング力” なぜリーグごとに物語の描き方が違う? - アメリカ4大スポーツ比較 vol.3 -

そもそも「昇降格=地域密着」は本当に正しいのか?

前提として、昇降格を導入しているスポーツリーグは主に日本とヨーロッパに多い。ここでは「日本・欧州型スポーツ」と敢えて記載し、本章の前提として紹介しよう。

また、そもそも「昇降格制度」とは、一言で言えば競技成績に応じてリーグの階層を入れ替える仕組みのことである。恐らく日本のサッカーの「Jリーグ」が一番わかりやすいが、ピラミッドのトップが「J1」、その次が「J2」、その次が「J3」、そして「地域リーグ」という階層構造。成績が悪いチームや新規参入チームはまず「地域リーグ」や「J3」から始まったとして、「J1」への昇格を目指して競技を行っていく。
この形は、欧州サッカーを はじめ多くの競技文化圏で採用されている制度であり、また各国内の全国規模での競争と交流を制度化するための核心部分とも言えるだろう。

前述の通り、昇降格制度があることによって、リーグ終盤の試合になればなるほど強いドラマ性や緊張感を生み、ファンの関心やメディアの注目も集めやすい。最終節の「残留争い」や「昇格争い」は、そのリーグにとって最も重要な試合と言っても過言ではない。

加えて、上位リーグと下部リーグでは放映権料やスポンサーシェア、入場料などのビジネス面におけるインパクトも大きく異なる。フランチャイズにポジティブな影響を与える可能性があり、実際J1昇格クラブは自治体との交渉などで「将来事業計画」に「20XX年にJ1昇格する」という目標を設定して応援してもらうケースも多い。当然ながら、J1からJ2に「降格」してしまったチームは真逆のことが起きるため経営にもダメージがある。J1でプレーしたい選手にとってはチームが好きでも移籍が視野に入るだろう。良くも悪くも昇降格によって、チームの長期成長が妨げられることもあれば、それが起爆剤になることもあるのだ。

「昇降格と地域密着」は必ずしも比例しない

スタンフォード大学が出している論文(※1)によると、地域密着の強さには、クラブの文化や歴史、社会的文脈が混ざっていることが多い。当然ながら、昇降格があることによって、地元民から「応援してきてよかった」「降格してもずっと応援する」こともあれば「もう無理だ」と離れる人もいる。スポンサーも同様に。だからこそ、長く応援している人であればあるほど愛着があり、それは同時に地域密着の強さとも言えるだろう。

しかしながら、これは昇降格がなくても言えてしまうことも事実。事実、昇降格がない日本のプロ野球に置き換えて、とあるチームが「シーズン最下位」だったとしても、地域密着度合いが相関することはそこまで多くない。「共通体験の累積」があってこそ地域との密接なかかわりが生まれるのが本質と言ってもよいだろう。だからこそ昇降格があることで「目の前の刺激」はあるかもしれないが、だからと言って関わり方はこれまでの蓄積であるから、直接的に昇降格が地域密着に関わるとは言いきれない。感情の揺さぶりはあるが、あくまで短期的な刺激でしかない、という話だ。


Jリーグでは「ジェフユナイテッド千葉」が17年ぶりに昇格を決めたことが話題になった

アメリカに昇降格が存在しない“構造的理由”

それでは、アメリカ4大スポーツになぜ「昇降格」が存在しないのか。今回のテーマについて、前提から触れていきたい。

まずはアメリカ4大スポーツの”骨格”なる部分については以下の通りである。

フランチャイズ制=リーグ全体で守る思想
オーナー=都市代表/リーグ=共同体
競争は「排除」ではなく「均衡」のため
サラリーキャップ/ドラフト/収益分配でチームの持続性向上

上記、それぞれのリーグで取り組み方の違いはあるものの、基本的な骨格として、NFL、MLB、NBA、NHLのすべてに共通して言えることである。前章で紹介した「日本・欧州型スポーツ」とは対照的に、リーグの価値とは「全体のエンタメ性/競技力の均衡/競争持続性」という考え方が軸にある。簡単に言ってしまえば、昇降格がなくても、各チームが存続し続けることそのものが、リーグのブランド力を保つという考え方である。
当然ながら、「”放映権ビジネスありき”すぎる」「昇降格制度は放映権と親和性が低いから導入すべきではない」といった意見も、常日頃からSNSで意見が交わされている。

この前提の上で、アメリカ4大スポーツ最大の特徴は、改めて言うことでもないが「固定されたフランチャイズ制」にある。各チームが「リーグに参加する権利」として価値あるライセンス(=リーグへの参加)を持ち、例外を除いて昇降格のように参加権が取り消されるリスクがほとんどない。だからこそ、短期的な施策よりも長期的な投資や地域密着の取り組みが成立しており、オーナーも安心して土台作りからしっかり始めているケースが多い。時間はかかるかもしれないが、結果的にはリーグ全体の価値向上と拡大につながっているという構造である(※2)。

この考え方を持ったチームオーナーが集まっているため、常にリーグ全体の価値最大化を目指すための口論がされている。当然ながら揉めるケースや過去にはストライキなどにも繋がったケースもあるものの、目指す方向は一緒ということだ。さらに言えば、今アメリカ4大スポーツのオーナーたちにとって、チームを持つことのメリットは非常に大きい。NBAのロサンゼルス・レイカーズの球団価値は約1.5兆円と報じられたこともあった。さらに言えば、リーグの資産価値ならびに各球団価値の最新状況を試算した『Sportico』によると、NBAの総資産額は1650億ドル(約24兆7300億円)にまで膨れ上がっているという報道もあった。
これらの情報からも、NBAチームを持つことはオーナーにとっての資産価値は非常に大きい。それだけではなく、シンプルに儲かる仕組みができていること、またリーグとしても赤字チームを出さないように、たとえば共通の収益プールを設定し分配する仕組みがあるなど、チームが存在し続けられるサポートが充実していることも、オーナーにとっては安心材料の1つに違いない。

一方で、潤っているチームだけが良い選手を獲得して強くならないような仕組み(サラリーキャップなど)を設定することで、戦力を均衡させ全チームが注目され続けることを優先する。「日本・欧州型スポーツ」においては、競技レベルごとにレイヤーを分けることで戦力均衡を保っているが、そうではなく1つのカテゴリーの中で競技力を均衡させることが第一優先としてある。唯一、MLBはサラリーキャップがないが、いわゆる「贅沢税」は設けられているため、過度な格差を抑えるような仕組み自体は存在している。

上記の通り、あくまでアメリカのスポーツは「昇降格」によって戦力均衡やエンタメ性、また収益構造などを変えることなく、あくまで1つのカテゴリーの中でそれを実現し、存続させていくことがリーグブランドの価値を向上させていくという考え方である。

昇降格がないからこそ可能になる設計

まず大きいのは、負けてもチームの価値そのものが下がらない、という点だろう。
昇降格がある場合、成績は市場価値に直結しやすく、降格してしまえば放映価値やスポンサー価値が一気に下がることも珍しくない。一方、アメリカ4大スポーツでは、勝っても負けても「リーグにとって欠かせない構成要員の1つ」であるという前提が揺らがない。
だからこそ、全チームがどのシーズンでも主役になり得る物語を作ることができるし、リーグとしても非常に売りやすい構造になっている。ドラフトで話題の目玉ルーキーを獲得すれば、前年の成績に関係なく一気に注目度が上がる。もし昇降格があるリーグで、仮に「J2」に所属するチームが同じことをしていたとしても、「J1」以上の注目を集めるとは考えにくいだろう。

また、再建フェーズを“戦略”として作りやすい点も重要だ。
チームを根本から立て直す必要がある時期は、どんなクラブにも必ず訪れる。「ここ数シーズンは我慢の年です」と正面から言え、なおかつ「それでも地元の誇りだから応援する」というファンが一定数存在する(※3)。この関係性が成立するのは、昇降格がないからこそだ。

もし昇降格があれば「J1」のチームが最悪「J3」まで転落する可能性もある。その場合、分配金やスポンサー収入は大きく減り、競技面だけでなく「経営ごと再建」しなければならなくなる。「今は弱くなっても、5年後に常勝軍団になるためにチームを作る」という時間軸の長い戦略を許されるのは、昇降格が存在しないリーグ設計だからこそ可能なのである。

リーグ視点で見れば「安定して同一の商品を売れる」ことのメリットも非常に大きい。どのチームが来季リーグに所属しているか分からない、あるいは市場規模が年ごとに大きく変動する状態は、放映権ビジネスにとっては不安定要素になりやすい。毎年同じチームが所属し、各都市にどっしりとフランチャイズを構えているからこそ、放映権側も安心して長期契約を結ぶことができる。

これらをふまえ整理すれば、アメリカ4大スポーツは「リスクをリーグ全体で引き受ける」設計であるのに対し、昇降格を採用する日本・欧州型スポーツは「リスクをチームが個別に背負う」設計だと言える。この違いこそが、競技運営、ビジネス、ファンダム形成に至るまで、両者の構造的な差を生み出している。


再建に成功し今年決勝に上り詰めたオクラホマシティ・サンダーとインディアナ・ペイサーズ

まとめ

アメリカ4大スポーツに昇降格制度が存在しないのは、単なる違いではなく、明確な設計思想の結果である。排除による競争ではなく、均衡を前提とした競争。短期的な盛り上がりよりも、長期的な安定と成長を優先する構造が、フランチャイズ制の根幹にある。

昇降格がないからこそ、チームは「街の資産」となり、負けても消えない存在として地域に根付く。アリーナ整備や育成、学校連携といった長期投資が成立し、世代を超えたファンダムが育まれてきた。昇降格がないことは、地域密着を放棄した結果ではない。それは、別の形で地域と結びつくための選択だったと言える。

では、この設計に弱点はないのか。
後編では、昇降格がないからこそ生まれる課題と、その先にある別解を整理していく。

【参照】
(※1) https://siepr.stanford.edu/publications/working-paper/economics-promotion-and-relegation-sports-leagues-case-english-football
(※2)https://sports.skylight.co.jp/jp/activities/p1305/
(※3)https://nflmlbtreasure.com/articles/the-impact-of-nfl-fandom-on-community-identity-and-culture