
バレーボール・SVリーグに所属するサントリーサンバーズ大阪(以下、サンバーズ)でアシスタントコーチを務める松永理生(まつなが・りお)さん。パナソニックパンサーズ(現:大阪ブルテオン)などで選手として活躍後、中央大学や東山高校で指導者として輝かしい実績を残し、2025年からサンバーズのアシスタントコーチに就任。トップチームに帯同する傍ら、次世代の選手育成も視野に入れた「サンバーズEXアカデミー」で責任者を務め、中高生や社会人の指導にもあたっています。
なぜ今、育成年代の指導に情熱を注ぐのか。そこには、自身の現役時代と、教え子である関田誠大選手や石川祐希選手への想いがありました。サンバーズのアカデミーが目指す姿、そして未来のバレーボール界を見据える松永さんの指導哲学に迫ります。
<本記事は、舞洲スポーツ振興事業実行委員会が展開する『OSAKA SPORTS GROOVE』公式noteから転載しております。>
EXアカデミー始動。世代を超えた新しい学びの形
ー2025年6月から「サンバーズEXアカデミー」が本格始動しました。このアカデミーは、中高生だけでなく一般の成人男女も受け入れている点が非常にユニークだと感じます。どのような構想から、この新しい取り組みが始まったのでしょうか?
まず、このEXアカデミーの根底には、サンバーズがもともと持っているジュニアスクールとの連携があります。週に一度のスクールでバレーを楽しんだ子どもたちが、「本格的にやりたい」と感じた時、その受け皿となる次のステップが必要だと考えました。それが、このEXアカデミーなんです。
EXアカデミーは、スクールよりは専門的で、将来的に競技としての結果が求められるU15やU18のチームよりは少し手前。いわば、バレーを楽しむスクールと、本格的な競技チームとの“間”を埋める場所として、選手が自分のレベルや気持ちに合わせて無理なくステップアップできるような仕組みを作っています。もちろん、EXに来てみて「やっぱり楽しむことを優先したい」と思えば、またスクールに戻ることもできる。選手自身が自分の道を選べる、そんな場所にしたいと考えています。
ーなるほど、スクール生のためのステップアップの場なのですね。その構想に加えて、一般の成人男女まで対象を広げたのには、どのような狙いがあったのでしょうか?
設立準備を進める中でGMの栗原(圭介)さんと話していたのが、「大人向けの本格的なバレー指導の場が少ない」という課題でした。バレーボールのファンは増えているのに、いざ自分がプレーしようと思うとその機会が限られている。そこで当初の構想から変更して、大学生や社会人にも門戸を広げることにしたんです。
ー実際に始めてみて、手応えや反響はいかがですか?
想像以上の反響がありましたね。特にうれしい驚きだったのが、「部活動だけでは物足りない」と、多くの高校生が参加してくれたことです。今では僕と同世代の方と現役の高校生が、当たり前のように同じコートで汗を流しています。これは他所ではなかなか見られない光景ではないでしょうか。

<写真提供:サントリーサンバーズ大阪>

<写真提供:サントリーサンバーズ大阪>
ー世代の違う方々が集まることで、具体的にはどのような相乗効果が生まれていますか?
ここでは自発的なコミュニケーションを大切にしているので、参加者同士の交流の中から自然と学びが生まれてくるんです。例えば、20年ぶりにプレーを再開した社会人の方が、高校生たちの見本になるようなプレーを見せることもあります。それをきっかけにコミュニケーションが深まり、練習後には自然と進路相談が始まることも。世代を超えて刺激し合う姿に、このアカデミーの大きな可能性を感じています。

<写真提供:サントリーサンバーズ大阪>

<写真提供:サントリーサンバーズ大阪>
「強い日本バレーを作る」指導者としての原点
ー松永コーチを指導者の道へと突き動かした、その原動力は何だったのでしょうか?
指導者としての原点は、選手時代の悔しさにあります。僕が現役だった頃、日本代表はなかなか世界で勝てず、その厳しさを痛いほど感じてきました。だからこそ、「強い日本のバレーを自分が作るんだ」という思いが芽生えたんです。もともと指導者の道に進むつもりはありませんでしたが、中央大学から監督就任の打診を受けたことが、その転機になりました。
ー中央大学時代は、関田誠大選手や石川祐希選手といった後の日本代表選手たちと濃密な時間を過ごされたと思います。その中でも、象徴的なエピソードがあれば教えてください。
僕が中央大学の監督に就任した時、関田が大学1年生で入ってきたんです。身長は低いけれど、トスワークが面白い選手でしたね。 彼らが「世界と戦いたい」と言うからには、夢を持たせてあげなければいけない。 当時の僕と同じような悔しい思いはさせまいと、その一心でかなり厳しい練習をしました。
それで彼らには「大学リーグで優勝するのは当たり前。天皇杯で企業チームに勝つことで、日本代表は強くなる」と言い続けました。そして関田が4年生の時、サンバーズに勝ったんです。 1年生から4年生まで、石川や大竹(壱青)など、今SVリーグで活躍する選手たちが一丸となって掴んだ勝利でした。 あの時の彼らは、インカレで優勝した時よりも泣いていましたね。
ー選手たちと大きな成功体験を共有したことで、指導者として改めて感じたこと、得られたものはありましたか?
「強い日本バレーを作ろう」という想いが、より一層強固なものになりました。育成年代の指導とは、単に技術を教えるだけでなく、彼らの未来そのものに関わる仕事なのだと、改めて感じた勝利でしたね。
トップとアカデミーの架け橋に。アップデートし続ける指導者像
ートップチームのアシスタントコーチとアカデミーの責任者。二つの役割を兼任されているからこそ生まれる相乗効果もあるのではないでしょうか?
まさにその相乗効果を生み出すことこそが、僕の役割です。トップチームの最先端の知見を、いかに育成年代へ分かりやすく還元し、良い循環を生み出していくか。それが今の僕の一番大事な仕事だと考えています。
というのも、トップもアカデミーも、指導の根幹は同じなんです。ただ、練習の質、特に効率が全く違う。例えばトップでは、常に実戦を想定した「動きの中でのプレー」を徹底的に意識させています。その本質をどう噛み砕いてアカデミーの選手たちに落とし込んでいくか、それを常に模索しています。
ートップチームの知見を育成年代に還元する上で、どのようなことを意識されていますか?
トップの練習を見て「これは中学生にも応用できるな」と感じたメニューはどんどん取り入れていますし、逆に一般の方を対象にした練習で手応えを感じたものを、中学生の指導に活かすこともあります。常にトップのレベルを意識しながら、年代に合わせた最適な方法を模索している最中です。
ただ、単に練習メニューを真似するだけでは意味がありません。それ以上に大切にしているのは、指導者自身が常にアップデートし続ける姿勢です。自分の意見を押し付けず、選手のアイデアを尊重し、成長を見守る。そうすれば、石川や髙橋藍選手がやるような創造性豊かなプレーも、子どもたちの中から自然と生まれてくるはずです。戦術は指導者が作るのではなく、選手の中から生まれてくるものだと、僕はそう信じています。
ートップとアカデミーの架け橋になるということですが、育成年代の指導現場の現状については、どのようにご覧になっていますか?
高校の現場に携わってまず感じたのは、教員の先生方が本当に時間のない中で、情熱を持って指導にあたられているということです。これは本当に素晴らしいことだと思います。
ただ、その上で指導者が気をつけなければいけないのは、選手の可能性を狭めてしまうことですね。子どもたちはとても素直なので、指導者の言葉を真剣に受け止めます。だからこそ、指導者側が自分の考えだけに固執してしまうと、かえって選手の成長を妨げてしまうこともあるんです。
例えば、ある指導者から教わったことと違うやり方を試そうとした選手に対して、「いや、それは違う」と頭ごなしに否定してしまうケース。選手は様々な指導者から学び、その中から自分に合ったものを取捨選択していくべきで、指導者の役割は、選手が迷った時に「じゃあ、それでやってたらいいんじゃないか」と背中を押し、いつでも戻ってこられる場所でいることだと思うんです。
こうした選手の個性に寄り添う指導という点では、大阪ブルテオンでアカデミーダイレクターを務める梅川大介さんの考え方にも共感します。彼は「選手にかかるストレスを軽減させるのが指導者の役目だ」と言っていて、例えば、叱るという行為一つとっても、悩んでいる選手を時には開き直らせてあげたり、考えていることを整理してエネルギーの方向性をコントロールしてあげたりする。そうしたアプローチは非常に面白いですし、参考にしています。
ー指導される年代によって、選手との距離の縮め方や言葉のかけ方も変わってくるかと思います。トップチーム、大学、高校と、それぞれで心がけているコミュニケーションの違いについて教えていただけますか?
相手がプロか、大学生か、それとも高校生かによって、コミュニケーションの取り方は全く違いますね。例えばトップチームはプロの集団なので、オリビエ監督も選手に対して感情をぶつけることはありません。プレーがうまくいかない選手がいても、相手への尊重を第一に、伝えるべき言葉を冷静に選んで指導しています。
これが大学生になると、バレー以外の時間をコミュニケーションに充てることが多くなります。食事に行ったり、時には二次会、三次会まで付き合って本音を聞き出したり。バレーの時間と同じくらい、コート外での対話が重要になってくるんです。
一方、高校生はプライベートな時間を共有することが難しいので、練習の場で話す機会やミーティングを増やします。技術指導ももちろんですが、「人としてどうあるべきか」「どういう組織であるべきか」といった、人間教育の側面がより強くなりますね。本音を吐き出すというよりは、大切なことを丁寧に伝え、チーム全体で共有することを意識しています。
ただ、僕自身の基本的なスタンスはどの世代に対しても変わりません。バレーボールに関しては、思ったことをストレートにぶつけて、その中で細かく教えるか、大枠を掴ませるか。どの選手に聞いても「松永さんは変わらない」と同じ答えが返ってくると思いますよ(笑)。
「やってみなはれ」を胸に。新天地・大阪での日々
ーご出身は京都ですが、大阪のバレーボールシーン、特にサンバーズにはどのような印象をお持ちでしたか?
サンバーズは、僕の中では「燃えるような強さ」というイメージでした。当時、関西のバレーは大阪が中心で、男らしいイメージの堺ブレイザーズやクールなイメージのパナソニックパンサーズといった個性的なライバルがいる中で、サンバーズは特に情熱的な印象が強かったですね。
あと実は、僕の母親がサンバーズの大ファンで、高速道路からサントリー 山崎蒸溜所が見えるたびに「あんたはサントリーに行くんやで」と(笑)。そう言われ続けていたんですが、当の僕は大学時代、サンバーズからスカウトされなかったという、ちょっと苦い思い出があります(笑)。
ーそうだったんですね(笑)。今回、実際にチームに入られて、雰囲気はいかがでしたか?
フロントも現場も、新しく来た人を温かく迎えてくれる体制があると感じました。これが、このチームがトップを走り続けている理由かもしれません。 サントリーには「やってみなはれ」という言葉がありますが、まさにそれを今、僕がやらせてもらっています。箕面市と包括連携協定を結んでバレー教室を開くなど、地元の方々からも愛されていると感じますし、本当にいいチームだと思います。

<写真提供:サントリーサンバーズ大阪>
ーOSAKA SPORTS GROOVE(OSG)には、サンバーズの他にも様々なプロスポーツチームが所属しています。加入後に他のチームと交流する機会はありましたか?
つい先日、セレッソ大阪さんと一緒に子ども向けのスポーツイベントを実施しました。バレーボールやラグビーなど、普段はなかなか体験できない競技に挑戦する子どもたちの姿が、とても印象的でしたね。プロチーム同士が競技の垣根を越えて協力し合い、スポーツの魅力を伝えていく。その意義の大きさを改めて感じました。
ー他のチームとの交流は、指導者としての視野を広げるきっかけにもなりそうですね。他の競技から指導のヒントを得ることもありますか?
僕はもともとサッカーが大好きなんですが、面白い話があって。サッカーの強豪校である立正大学淞南高校(島根)では、サッカー部がバレーボールの練習を取り入れているそうなんです。サッカーでボールをトラップする時、普通はボールに対して足から近づきますよね。その時、足を伸ばそうとすると、自然と体幹に力が入る。実はこれ、バレーボールのレシーブと全く同じ動きなんです。レシーブも手からではなく、まず足から動いてボールの下に入る。立正大淞南の先生は、このバレーの動きこそが、サッカーのボールコントロールに最も重要な動きだと考えて、3人レシーブを練習しているそうです。体幹を鍛えながら、手よりも先に足が出るように体を訓練する。体の使い方が非常に似ているんですね。
他にも、個人的にはラクロスも面白いと思っています。片手でボールを投げるのが非常に難しいんですが、手首のスナップをうまく使わないとボールが飛ばない。これはバレーのスパイクにおけるスナップの練習になるんじゃないか、とか。そんなことばかり考えていますね(笑)。
ー先日、男子の世界バレーが閉幕し注目を集めました。ここ数年の日本代表の活躍でバレーボール人気が非常に高まっていますが、今回の世界バレーは、指導者としてどのようにご覧になっていましたか?
まず大前提として、細かい戦術や戦い方について、前任のブラン監督と現在のティリ監督の体制を比較し、検証する必要があると感じています。
その上でブラン監督の采配を振り返ると、彼は個々の選手の能力を最大限に引き出す戦術家だったように思います。例えば、セッターである関田をどう起用し、どのタイミングでブロックの役割を変えさせるか。あるいは、髙橋藍がブロックを少し苦手としていることを踏まえ、無理に飛ばせるのではなく、コースを限定させて他の選手でカバーする。前回大会までは、そうした一人ひとりの個性が活きる戦術が随所に見られました。
しかし今回の世界バレーでは、少し選手たちの表情も硬く、チームとして何で勝負するのかが定まらないまま、苦しい時間が続いてしまったように見えました。見ているファンの方々も「なぜだろう」と感じたと思います。
今回の結果を次に活かすためには、過去との単純比較ではなく、「何が良くて、何が課題だったのか」を丁寧に検証し、良かった部分を今のチームのスタイルに組み込むことが重要かなと。そこに選手の個性がうまくフィットすれば、この敗戦は必ず次に繋がるはず。今回の経験を貴重な材料として、次に活かしてほしいと強く願っています。
ー最後に、指導者としての今後の目標を教えてください。
いつかは日本代表の指導に携わること、そしてトップチームの監督になること。これは昔からずっと変わらない、僕の大きな目標です。その大きな夢に繋がる第一歩として、このサンバーズというチームでアンダー世代の指導に全力を注ぎたいです。よく「種を蒔く」と言いますが、今アカデミーでやっていることが、必ず日本バレーの未来に繋がると信じています。
例えば10年後、僕が代表監督になれた時、今の教え子たちが選手としてコートに立っているかもしれない。そう思うと、本当にワクワクしますね。その未来を信じて、これからも目の前の一人ひとりの選手と向き合い続けていきたいです。
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