カリーはなぜアンダーアーマーに?メーカーと選手の意外な関係性【SHOE-LOG vol.3】

アメリカのバスケットボールの市場は、そのほとんどを「NIKE」が占めていると言っても過言ではない。わかりやすいところで言えばトップスター選手たちとの契約数が圧倒的。しかもトップ中のトップ選手。レブロン、コービー、デュラント、ブッカーなどをはじめ、ジョーダンブランドを含めれば、ルカ・ドンチッチ、テイタム、ザイオンなど超がつくスーパースターを徹底的に囲っている。さらに「ジョーダンシリーズ」もあるのだから、NBA選手が「自分もナイキと契約したい!」と思うのはごく自然なことなのだ。

今回はその中でも、表題の通り「ステフェン・カリー」のように、ナイキと契約しなかった選手たちのストーリーについて、何名かピックアップして紹介したい。

前回記事:
八村塁はジョーダンファミリー!?!?ジョーダンとナイキの関係性とは?【後編】

NIKEという巨大なマーケット

まず、そもそもだがNIKEはアメリカのメーカーのため、アメリカ人の細長い足にフィットするように製造している。つまり、日本人の合うように最初から設計されているわけではない。とはいえ、EPモデル(=Engineered Performance(アジア・アウトドア対応モデル))に関しては日本人ならではの幅広甲高の足に合うように作っているシリーズもあるため、幅広甲高の日本人はEPを愛している人も少なくない。とはいえ、有名選手のシグネチャーなどはどうしても金額的に2万円〜3万円のモデルもあるため、アシックスやミズノなど「国産ブランド」を重視している日本人選手は少なくない。おまけに”コスパ”も良いとなれば、日本におけるNIKEのマーケットは、今後まだまだ伸び代があると言えるだろう。

「NIKE」はとにかく「レブロン」「コービー」など憧れのスターたちが履いているブランドである上、ジョーダンブランドの圧倒的な認知度とブランディングによって、アメリカのシューズの市場をほぼほぼ独占していると言っても過言ではないほど。以下、NBA選手たちのバスケットボールシューズ事情を知るための有名なチャンネルである『kixstats.com』の、今年のPLAYOFFS期間におけるランキングである。

順位 シューズ名 合計着用時間
1 Nike Kobe 6 7519 min
2 Nike Book 1 5486 min
3 Nike Air Zoom G.T. Cut 3 5263 min
4 Nike Kobe V 5047 min
5 adidas Harden Vol. 9 3209 min
6 Nike Sabrina 2 3105 min
7 Nike Kobe IV Protro 2719 min
8 adidas D.O.N. Issue 6 2165 min
9 adidas Dame 9 1899 min
10 Nike A’One 1870 min

 

意外にも、今年のPLAYOFFS期間でのNBA選手のシューズ着用時間のTOP10で見ると「ジョーダンブランド」の靴がない。1位は圧倒的人気を誇る「KOBE 6」。ちょうど復刻版なども発売されたタイミングではあったが、このシリーズは超がつくほどの”名作”とも言われている。2位はデビン・ブッカー(フェニックス・サンズ)のシグネチャーである「BOOK 1」。ブッカーのファッション好きな側面を存分に生かしたシューズとしてさまざまなカラーが発売されているが、どのカラーもあまりの人気で概ね即完。
5位にジェームズ・ハーデン、8位にドノバン・ミッチェル、9位にデイミアン・リラードのadidas最強のシリーズ3作がランクインしているが、6位のサブリナ・イオネスク、10位のエイジャ・ウィルソンなど、WNBAで活躍する選手のシグネチャー着用率が高いのも最近のトレンドとして言えるだろう。

いずれにしても、TOP10のランキングで7作品がNIKE。簡単に伝えるならば、アメリカでは「7割がNIKEを履いている」とも言える。それほどまでに大きな市場を、NIKEはアメリカで持っているのだ。

カリーはなぜアンダーアーマーに?契約秘話

それだけ大きな市場であるが故に、NIKEでシグネチャーシューズを作れる選手は本当に一握りである。契約してシューズの提供を受けたり、スペシャルエディションとしてその人専用のカラーを出すことはできるかもしれないが、シグネチャーシューズができるということは、すなわちスーパースターの証明であることと同義と考えて良い。

そんな中で、ステフェン・カリーの話が有名であるため、ここでも紹介したい。
アメリカの総合スポーツメディアである「ESPN(※1)」によると、2009年にNBA入りしたカリーは、NIKEと契約を結んでシューズの提供などを受けていた。しかし、当時のカリーはそこまで目立った存在ではなく、また足首を頻繁に怪我していたことから「怪我が多い小柄な選手」と評価されていた。これはNIKEに限った話ではなく、NBA全体から見てもそのような評価だった。
2013年に契約再延長を求めて、カリーはNIKEと再交渉。2012-13シーズンにブレイクしたカリーは人気が増えてきたタイミングであったため、「ここで僕のシグネチャーシューズを作って欲しい」と打診をしたのだった。

ただ、NIKE陣営は「今年はよかったかもしれないけど来年はどうなるかわからない。そのような選手にいきなりシグネチャーは作れない」と、シグネチャーシューズを作ると言うプランすら提示をしなかったそう。さらに「ESPN」によれば、NIKE側は誤って「Stephen(ステファン)」ではなく「Steph-on(ステフォン)」と読み間違えたり、資料に「ステフェン・カリー」ではなく「ケビン・デュラント」の名前を記載してしまったりしていた。この対応を受けてカリー本人も父のデル・カリーも、商談の中でNIKEとの契約延長を断ることを決めていたのだとか。

(※1)......https://www.espn.com/nba/story/_/id/15047018/how-nike-lost-stephen-curry-armour

同時期に、アンダーアーマーはバスケットボール市場の開拓真っ只中であり、アンダーアーマーのバスケの顔となる選手を探していた。その中で白羽の矢を立てたのがカリーであった。アンダーアーマーは「カリー、あなたのような人にうちの顔になってもらいたいんだ」「アンダーアーマーと契約してくれたら、シグネチャーシューズをこのような計画でこのようにローンチしていきたい」「絶対にブランドの中心になれると思う。将来はカリーブランドを作ろう」と、あまりにも熱いプレゼンテーションを行った。

このプレゼンを受けて「自分を本気で必要としてくれている」と感じたカリーは、NIKEからアンダーアーマーへ移籍をしたのだった。ちなみにだが、この後アンダーアーマーが2015年に発売した「Curry One」は爆発的なヒットを見せる。そのシューズを履いて、カリーはNBA初制覇を成し遂げたため、さらにシューズの売上は加速。2015年からカリーとウォリアーズの王朝が始まったこともあって、以降、カリーのシューズは販売するたびに即完を続け、2020年には約束通り、ジョーダンブランド的に「カリーブランド」という独立ラインを立ち上げた。「カリーブランド」はバスケシューズやバスケアパレルのみならず、カリーの趣味のゴルフで着用できる、ゴルフウェアなども販売している。

最後に。アンダーアーマーはカリー効果によって、2015年のバスケ部門の売上が10億ドル(1,400億円)近く増加したことを自社HP上(※2)でも報告をした。

2014年 約30億8,440万ドル(約4560億円)
2015年 約39億6,330万ドル(約5860億円)

(※2)......https://about.underarmour.com/en/stories/press-releases/release.11951.html

以降も毎年のようにシグネチャーを出しているカリーは、カリーブランド単体でも毎年数百億円の売上を出しており、またバスケ部門の売上の半分を占める年もあるんだとか。NIKEは勿体無いことをした、ともしばしば言われているが、現在はこのように「大人気で憧れのNIKEやジョーダンでシグネチャーを作りたい」というニーズ以上に、「自分を大切にしてくれるブランド」の価値が高まっている傾向にある。以下、近年話題のブランドについて、シグネチャーと共に紹介しよう。

若手スターがNIKE以外を選んでいる理由とは?

【PUMA】タイリース・ハリバートン

そもそもPUMAは2018年に本格的にNBA市場に復帰を果たした。1980年代はNBA選手にシューズ提供を行ってきたものの、マイケル・ジョーダンの影響によるNIKEやadidasの台頭で、2000年代初頭には、PUMAはバスケ事業から撤退をした。
その中で再びNBAに挑戦を決めた際、ラッパーのジェイ・Zをバスケット部門のクリエイティブディレクターに起用して「カルチャー×バスケ」で勝負することを決めた。そこで、PUMAらしさを体現してくれる選手であり、PUMAとして「次世代のオールスター級」の選手を囲いたい考えも相まって、タイリース・ハリバートン(インディアナ・ペイサーズ)に白羽の矢が当たり、マッチした。
ハリバートンは「人と被りたくない」という考え方を持っており、会場へ入場する際も、NBA選手の9割は「スニーカー」でいる中で、「ローファー」や「ブーツ」を履いている。「お気に入りはドクターマーチン」とGQのYouTubeでは語っていた。そのような考え方を持っているからこそ、PUMAのバッシュもハリバートンに取っては惹かれるものがあった。

契約当初は「ALLPRO」というPUMAの既存のラインナップを使っていたが、結果的には「Halli 1」というシグネチャーシューズが今年リリースされているが、ハリバートンとしても「自分のシグネチャーができるのは夢だった」として、その他大勢に埋もれるよりも「PUMAの顔」として唯一無二の存在になれることを選んだのだ。

【Converse】シェイ・ギルジャス・アレクサンダー

そもそもConverseはNIKEの傘下である。NIKEとConverseの間では「NIKEほどの”超
トップ選手”ではないにせよ、Converseのブランドに合ったNBA部門を成長させてくれる顔が欲しい」と長年悩み続けていた。ConverseはNIKE傘下であるために、基本的にはライフスタイル寄りのラインナップで推しており、例えばオールスターのNBAチームコラボなどあくまで「カジュアル」な路線で勝負をしていた。
ConverseもPUMA同様に、1980年代ではNBAシューズの代名詞として存在感があったものの、2000年代初頭に撤退。そして2019年にシェイ・ギルジャス・アレクサンダー(オクラホマシティ・サンダー)と契約しNBA市場に再挑戦することになったが、ここでシェイを選んだのは、当時シェイはまだブレイクの前だったがファッション誌にも載るようなNBA切っての”おしゃれ番長”だったことが理由にある。
古着ブームも相まって、過去の全盛期のイメージを「レトロ+おしゃれ」と昇華してくれる選手はシェイしかいない、と、選手としてはまだまだなシェイと契約を結んだ。
シェイとしても、NIKEグループだからNIKEから完全に離れるわけではないものの、Converseならブランドのエースとして、かつ自分の好きな「おしゃれ」「個性」を理解してくれるというメリットしかない状態だったことで契約を締結。

ハリバートン同様に、今年シグネチャーを出したが、早く日本でも発売して欲しいものだ。

【361°】ニコラ・ヨキッチ

中国の新進気鋭のバスケブランド「361°」は、2003年に設立したブランド。NBAやバスケへの展開は2010年頃に計画が始まり、2017-18シーズンからNBAに少しずつ入り込んだ。
361°は「360°=全方位」「+1°=既存の枠を超える」と言う意味を込められたブランドで、シューズにおいてもデザインや素材・機能などをこれまでバスケットボールシューズで使ってこなかったものを積極的に導入している。結果的に「斬新」なブランドとして存在感を放っている。
プロモーションの第一弾として、そういった「斬新」で「おしゃれ」な若手スターであるアーロン・ゴードン(現デンバー・ナゲッツ)とスペンサー・ディンウィディ(現ダラス・マーベリックス)と契約し、カルチャーやファッション志向でプロモーションを行い話題を集めてきた。
このプロモーションを数年行い人気が出てきた折に、よりグローバル展開を目的に「国際的なスター」として、セルビア出身のNBAのスーパースターである「ニコラ・ヨキッチ(デンバー・ナゲッツ)」と契約を結ぶことになった。

ヨキッチとしてはまだ新進気鋭のブランドで自身のシグネチャーを自由度高く作れること、また自分自身が361°のグローバル戦略の顔になれることが大きなメリットとなり契約に至ったのだとか。先日発売されたヨキッチ初のシグネチャーモデル「JOKER 1」はすでに爆発的な人気を誇っており、NBA選手を始めストリートでも多くの人が着用している。

次のトレンドは?

他にも「Skechers」がNBAスターであるジョエル・エンビード(フィラデルフィア・76ers)と契約したり、日本では「エゴザル」と瀬川琉久(千葉ジェッツ)が契約したりと、各地で想像できなかったムーブメントが起きている。
いずれにせよ、最近の傾向は特にバスケットの盛り上がりに乗じて「バスケット市場」に参入する新進気鋭のメーカーが、各国のスターを起用してグローバル戦略や国内の囲い込みを行っている流れ。
この後、例えば2000年代に流行ったリーボックやdada、AND1などのメーカーが復活するか。はたまた新たなメーカーが顔を出すか。今後の動向にも注目だ。