赤字だけど決して欠かせない。NBAのサブコンテンツとは -ビジネスとして見るNBA vol.5 -

NBAは、通常のレギュラーシーズンが10月から3月にかけて行われ、レギュラーシーズンを勝ち抜いた猛者たちによる頂上決戦「PLAYOFFS」が3月から6月に行われる。
基本的にNBAのシーズンといえばこれに当たるが、シーズン中には「サブコンテンツ」として、試合以外のドラフトやオールスターなどが行われる。また、試合でもクリスマスゲームやハロウィン・ナイトなど、その時々のイベントに合わせて試合を彩ったりもする。

少しマニアックではあるが、今回はそういったサブコンテンツがどのようなものがあり、どのくらいの規模で開催されているかを紹介していく。

前回記事:
ビジネスとして見るNBA vol.4-2 マックス契約とスーパーマックスの違いは?2WAY契約って大変なの?

ドラフトに関する記事:
NBAドラフトの仕組みとは?高卒でNBAに入れないって本当?ドラフトで大豊作と言われた年は?【NBA講座vol.8】

シーズン中のサブコンテンツについて

本シリーズのVol.1やVol.2で触れられていない内容について語っていくため、そもそもNBAのビジネスのベースを知りたい方は、まずシリーズvol.1とvol.2を読んでいただきたい。その上で、今回の内容に入っていこう。知らないと、あまりの規模に驚いてしまうかもしれないから。

ドラフト

NBAドラフトは近年ブルックリンにあるBarclays Centerにて開催されている。このBarclays Centerはブルックリン・ネッツのホームアリーであり、バスケ開催時の収容人数は約17,700人ほどと言われている。NBAドラフトは、コート上に特設ステージを組んで行われているため、よく見るとアリーナらしい雰囲気が出ている。リボンビジョンにはNBAからの青と赤に装飾された「NBA DRAFT」の文字や関連するコピーなどが表示され、またステージ上の明かりとアリーナの少しの明かりで雰囲気を出している。


90秒前後の全体の俯瞰映像を見れば、アリーナで開催していることがわかるはず

数字としては公表されていないが、これだけの特設ステージという豪華な舞台を設営するにも非常にお金がかかっている。NBA規模になると小さく見えるかもしれないが、おそらく舞台の構造物、天井吊りの証明や音響、LEDスクリーン、設営や撤収にかかる人件費、またBarclays Centerという1.7万人が収容できるアリーナの利用費なども鑑みると、おそらくだが約1億円〜5億円ほどがかかっていても不思議ではない。

また、ドラフトの場合は上位指名が有力視されている選手は「グリーンルーム」という特別なウエイティングルームに招待され、そこには家族や代理人、親しい友人などだけが入ることが許されている。名前がコールされた瞬間にカメラに抜かれる時に写っているのは、概ねそのような人たちだと考えて良い。NBAドラフトには毎年上位指名の20名前後が呼ばれるが、その関係者なども含めると100名程度は現場にいるだろう。

他にも当然NBAの全30チーム関係者やスカウト陣、アメリカ全土のメディア約100社ほど・配信スタッフも含め500名程度、スポンサー、芸能人などがスカウトの場所には足を運ぶ。ちなみに有料チケットも販売しており、一般のファンも観客として会場に入ることができる。どうしてもBarclays Centerでドラフトを実施しているから、ニューヨーク在住のNBAファンや地元・ブルックリンのネッツファンなどが多く来場する。試合のチケットに比べて多少安いこともポイントだ。

NBAドラフトの話で最後に。NBAドラフトは「お祭り+フォーマルイベント」として位置付けられてはいるが、公式から強制的なドレスコードは要請していない。ただし事実上「スーツ着用」が習慣として存在している。もちろんお客様はカジュアルで問題ない。ただスポンサーやメディアはスーツもしくはジャケットスタイルが定番で、テレビ中継するアナウンサーなどはネクタイなどをビシッと締めて臨んでいることがほとんどだ。
近年は選手も非常に派手なスーツを着用して登場しているが、これは結婚式のウエディングドレスのように一生に一度しかない舞台であり世界中のテレビで放映されることから、ほぼ全員がオーダーメイドのスーツを提供あるいはエージェント負担もしくは自腹にて用意する。以下、実際の例を参考までに紹介するが、どれも金額は数百万円単位であると予想できる。

選手名 スーツの情報
2016 ベン・シモンズ ディオールの特注スーツ(ブランド提供
2019 ジャ・モラント 高級テーラーによるオーダースーツ(自腹+スポンサー割引)
2019 八村塁 LA発のビスポークブランド「ALBA」のオーダースーツ(全面ダイアモンドが敷き詰められた日本国旗のピンバッジをつけたことも話題に)
2021 ケイド・カニングハム GUCCIのフルカスタム(確定ではないが提供の可能性大)

 

オールスター

そもそもNBAオールスターは、直近10年ほど複数会場にわけて実施されている。「オールスター・ウィークエンド」として、多くの場所でNBAを通じた楽しみを多くの人に提供することが目的だ。複数会場にするときは、概ね以下の形で区切られることが多い。

メイン会場 オールスターゲーム、スキルチャレンジ、3ポイントコンテスト、ダンクコンテストなどの主要イベント
サブ会場(1) NBAライジング・スター・チャレンジ(若手同士のエキシビジョンマッチ)、セレブリティ・ゲーム(芸能人の対抗戦)
サブ会場(2) NBAクロスオーバーなどのファン参加型イベントの開催や体験型のブース出展、フォトスポットなど

 

 

2024-25シーズンはサンフランシスコでオールスターが開催されたが、それぞれの会場は以下の通り。ちなみに、それぞれの場所へは車で10分ほどで行ける距離感。これはサンフランシスコだからできる技であり、他の都市であるともう少し離れた場所や会場を1箇所や2箇所に絞ることも多い。

メイン会場 ウォリアーズのホームアリーナである「チェイス・センター(ウォリアーズの最新バスケアリーナ)
サブ会場(1) オークランド・アリーナ(約2万人収容可能なイベント会場(アリーナ))
サブ会場(2) モスコーニ・センター(役1万人程度収容可能な展示会ホール)

 

当然ながら一番お金をかけて作っているのは「メイン会場」である。特に「演出」にお金をかけている。

ダンクコンテストの特殊演出 ・バスケットゴールにLED仕込み、床や背景に光や映像投影
・選手が宙を舞う瞬間を最大限映えるように スモークやフラッシュエフェクト
※制作費:約3,000〜5,000万円クラス
3ポイントコンテスト・スキルチャレンジのステージ構築 ・「動く台座」「回転するゴール」「特殊ライト演出」など
・単純にコート上に置くだけでなく、カメラ映え重視の舞台設計
※制作費:約1,000〜3,000万円クラス
LEDスクリーン・映像演出 ・フルアリーナに巨大LEDビジョンやフロア投影
・選手紹介や得点演出、スポンサー広告の表示などでフル稼働
※制作費:約7,000〜1億円クラス
セレモニー・オープニング演出 ・選手入場時のライトショー、花火、DJ演出
・オープニング映像やライブパフォーマンスもあり
※制作費:約3,000〜6,000万円クラス
ファン体験ゾーン(主にサブ2の会場) ・会場周辺のバスケ体験、VR体験、グッズ配布、フォトスポット
※制作費:約1,500〜4,000万円クラス

上記、諸々込みで約2億円規模の金額がかかっていると言われている。また、近年はAR・VR演出や天井吊りのカメラリグなど、新技術にも多額投資。毎年「世界最高のエンターテインメント」として在り続けている所以は、このような最先端技術を駆使している背景があるからかもしれない。

イベントに合わせた試合の盛り上がり

NBAに限った話ではないが、NFLやNHL、MLBなどのアメリカ4大スポーツでは、アメリカの文化を非常に大切にしている。社会的・文化的に大きな意味を持つ特別な日には、特別な演出を行ったりその日に合わせて注目の対戦カードを合わせてきたり、また普段はやらないファンとの交流イベントを実施するなど、さまざまな取り組みを行っている。
今回はその一部を切り取って、それらがどのように行われているか紹介しよう。

クリスマスゲーム

そもそもアメリカでクリスマスは「家族団らん」「子どもが主役」の日である。よって、多くの人は家にいることが多い。NBAは「家族団らんのリビングでNBAを見る」ことを狙って大注目の対戦カードをクリスマスにセットする傾向がある。
「子どもたちや家族がNBAを見て楽しんでもらいたい」そんな思いを込めて、クリスマス限定ユニフォームや特別演出、また期間限定のCMを流すなどさまざまな工夫をして、クリスマスを盛大に祝おうとする文化がある。クリスマスにNBAを見てスターに憧れる。そしてバスケを始める。そんなストーリーを描けたら最高だ。


楽曲「ジングルベル」に合わせてシュートを決める選手たち

ビジネス視点で見ると、NBAはこのように「夢」と「商売」を両立させることがとんでもなく上手い。近年だと、2016年のクリスマスゲームは「キャバリアーズvsウォリアーズ」で前年のファイナルの再戦ということもあって視聴率は爆発的に伸びていたし、選手の子どもたちがサンタ姿でコートサイドに座っている姿がSNSでバズりもした。また、選手がハンドベルでクリスマスソングを演奏したスペシャルCMは、多くの子どもたちが友達と一緒にマネをした。

このように話題になれば、スポンサーの価値があがり世界中にアピールができる。子どもたちに夢を見せつつ、リーグ全体の魅力を世界に売り込むことができるまたとない機会として、特にクリスマスゲームは活用されているのだ。

MLKデー

「MLKデー」とは、正式名称「Martin Luther King Jr. Day(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア・デー)」と言われており、毎年1月の第3月曜日に設定されているアメリカの祝日。「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア」という名前を聞いてピンと来ていない方もいるだろうが、彼こそが「キング牧師」として知られる人物である。

キング牧師はアフリカ系アメリカ人の牧師として、1950-60年代に黒人差別の撤廃や人種平等を求める運動を主導。ワシントン第更新で行った「I have a Dream.」という名スピーチでも有名だ。1964年にはノーベル平和賞も受賞した。
残念ながらその4年後・1968年にキング牧師は暗殺されてしまったが、キング牧師の行動の結果、アメリカでは完全に人種差別はなくなっていないものの、学校や職場、飲食店、公共交通機関での人種差別を禁止する法律ができた。彼がいなければ、そもそも人種差別を無くそうと行動する人もいなかったことから、肌の色や出身に関係なく平等に生きられる世界を作るための功労者として、この「MLKデー」が設定されている。

このMLKデーでのNBAの取り組みはさまざまあるが、わかりやすいところで言うと「 I have a Dream」と書かれたTシャツを着用したり、ハーフタイムショーでスピーチを再現したりする。また「社会貢献の日」としても活用し、チーム全体で地域の学校や施設、食料配布などに参加している。キング牧師が「人のために行動すること」を重要視していたことで、このように「ただ伝える」だけではなく「実際に行動すること」も、NBAは積極的に行っている。

また、ジョージ・フロイド事件(白人警官が黒人男性の首を膝で押さえつけて死亡した事件)を機に広まった「Black Lives Matter運動(黒人の命も他の人と同じように大切だ、と主張する活動)」を、NBAは積極的に支援。コートに「Black Lives Matter」と大きく記載したり、ウォームアップのTシャツに大きく記載したりするなど、全世界にメッセージを発信した。選手の7割以上がアフリカ系アメリカ人であるNBAにとって、キング牧師の価値観を伝えていくことは非常に大切だと考えているのだ。
このようにさまざまな行動を起こしている背景には、NBAにとってMLKデーが「バスケの試合を通して社会と未来の話をする日」と意図しているからである。またこの日を機に改めて人権平等の考えを世界に発信・体現している。

まとめ

上記、クリスマスゲームやMLKデー以外にも例えばバレンタインやハロウィンなどでもちょっとしたイベントが行われるが、そこまで大規模ではない。お菓子がプレゼントされることや、配信でシュートを決めたタイミングでハートを射抜くアニメーションが入る、マスコットやチアがコスプレするなどのちょっとしたイベントとして扱われることがほとんどである。


ヴィクター・ウェンバヤマが「カオナシ(千と千尋の神隠し)」のコスチュームで入場した際の投稿。日本でも大きな話題となった

このようなサブコンテンツを展開することで、特別なユニフォームやTシャツの制作、演出、装飾、チャリティの資金、無償ボランティアなど、どうしてもコストがかかる。そしてお金にならないことの方が多い。ただし、ここだけ見ると数字面では赤になるが、NBAとしては「長期的にみたブランド価値・ファンとの信頼向上」という投資として考え、毎年当たり前のように実施している。

信頼されるリーグであることが、巡り巡って社会的な信頼を獲得し好感度が上がり、そして最終的に利益として返ってくるとNBAは考えている。クリスマスゲームやMLKデー、またオールスターなどさまざまなサブコンテンツには、数字上では語れないほどさまざまな強い思いが込められているのだ。

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