パイオニアが語る“水泳の未来”と“普及計画” (近畿大・山本晴基ヘッドコーチインタビュー後編)

水泳はその競技性だけでなく、健康や教育の面からも非常に優れたスポーツである。しかし、日本ではこの30年でレクリエーションとしての水泳人口が半減し、成人の継続率も30%未満に留まっているというデータもある。また、水泳を一度やめた人が“再び戻ってくる”環境が整っていないのも現実である。

文部科学省の調査によると、日本の小学生の約60%が何らかの運動・スポーツに関わっており、その中でも水泳は上位に入る。一方で、大学生になるとスポーツ参加率は急激に低下し、成人以降で定期的に水泳を行っている人の割合は全体の2〜3割程度にとどまっているという(笹川スポーツ財団「スポーツライフに関する調査」などより)。

では、水泳を「続けたくなるスポーツ」に変えていくには何が必要なのか。

大学スポーツの指導に加え、水泳塾の運営やスイムウェア事業など多方面で活動する近畿大学コーチ・山本晴基氏に、競技水泳の未来と普及のための仕組み作りについて話を聞いた。

▶前編:水泳を続ける力――近畿大・山本晴基ヘッドコーチが語る“停滞期の乗り越え方”とは

水泳人口の現状と普及の壁

ーー近年、水泳人口が減少している理由をどう分析されていますか?

山本:水泳って、子どもが最初に習うことの多いスポーツなんですけど、泳げるようになると辞めちゃう子が多い。4泳法ができたら終わり、という雰囲気があるんです。本来ならそこから競技の面白さに入っていってほしいんですが、それ以前に飽きてしまう子が多い。大会の形もワンパターンで、記録を目指すだけでは限界がある。指導環境も画一的で、魅力を伝え切れていないのが現状だと思います。

ーー水泳を再開しやすい仕組みにはどんなものがありますか?

山本:帽子や水着の規定が厳しい市民プールより、もっと自由な空間があればいい。たとえば、マンションにあるリゾート型プールで気軽に泳げる環境がもっとあれば、再開しやすくなるはずです。海外ではそういう形が一般的で、ライフスタイルの中に自然と水泳が組み込まれている。日本でもそうした形をもっと増やせると理想的です。

スイムウェア・大会の改革とイメージ刷新

ーースイムウェアの見た目も課題だと?

山本:そうなんです。日本の水泳界では使うウェアが固定されていて、みんな似たような格好。ファッション性が乏しいのも“地味なスポーツ”と見られてしまう原因のひとつです。私自身、オーストラリアのスイムウェアブランド「エンジン」の日本代理店として、もっと自由な選択肢を届けたいと思っています。

オーストラリアの人気スイムウェアブランドENGINE

オーストラリアの人気スイムウェアブランドENGINE(エンジン)は機能性とデザインを両立している

若者が「水泳ってカッコいい」と思えるようになれば、文化的にも広がると思います。

ーー大会のあり方にも変化が必要ということですか?

山本:はい。例えば、屋外の簡易プールで開催するとか、海で泳ぐ大会を増やすとか。バスケットボールで3x3があるように、水泳にも多様なスタイルのレースが必要です。泳ぎ方や距離の選択肢も柔軟にして、タイムよりも“楽しさ”を重視する大会がもっとあっていい。

地域のイベントと組み合わせて、もっとライトに楽しめる水泳の形を広めていきたいです。

生涯スポーツとしての水泳の可能性

ーーマスターズ水泳のような生涯スポーツとしての位置づけは?
山本:もっと広げたいですね。競技をやめた後も、「泳ぐことの気持ちよさ」を思い出して戻ってきてくれるような仕組みが必要です。健康維持やストレス解消、仲間との交流など、大人にとっての水泳の価値はたくさんある。マスターズ世代こそ、再びプールに戻ってきてもらえる可能性がある層だと思います。

トライアスロン

海外ではシニアでもトライアスロンレースを楽しむ人が多い

最近では「オープンウォータースイム」や「トライアスロン」に挑戦する元競技者も増えていて、水泳との関わり方も多様化しつつあります。

指導者不足と人材循環の仕組みづくり

ーー指導者側の課題についてもお聞かせください。
山本:
元選手が指導に関わり続けるには環境整備が必要です。スイミングスクールでの指導は労働環境が厳しく、待遇が良いケースは稀。やりがいはあっても生活が成り立たないケースが多いんです。だから、別の道に進んでしまう人が多い。

今は「水泳塾」というプロジェクトを通じて、大学まで競技水泳をやっていた社会人が副業的に水泳指導に関われる場をつくっています。

 

トップレベルでやってきた人が無理なく教えられる仕組みが、普及にも大きく貢献できると思います。

水泳を再び“選ばれる”スポーツにするために

ーー水泳ファンを増やすためには何ができるでしょう?
山本:
競泳って、見ている人にとってルールが簡単なので分かりやすい競技ではあるんですが、事前の選手情報や背景がないと感情移入しにくい。箱根駅伝がなぜ面白いかといえば、そのストーリーがあるからです。

第101回箱根駅伝 復路10区

箱根駅伝を見る人は各校のストーリーを楽しんでいる(第101回箱根駅伝 復路10区)写真:アフロ

水泳も、チームや選手の1年間の成長過程をSNSなどで発信していけば、自然とファンがつくと思います。大学水泳界にも、もっと発信力が必要だと感じています。例えば、試合結果だけでなく、その背景にある練習風景や選手同士の関係性も含めて伝えることで、応援したくなる空気が生まれると思います。

ーー最後に、水泳が今後もっと愛されるスポーツになるためには?
山本:
水泳は本来、すごく気持ちのいいスポーツです。でも今は、その良さが伝わりづらい仕組みやイメージがある。プールの使い方にしても、「学校の授業」的な堅苦しさが抜けない。帽子をかぶらなきゃいけない、ルールが多い、という印象を取り払って、もっと自由に、もっと開かれた水泳の場が必要です。

それに加えて、水泳を通じた「人とのつながり」や「キャリア形成」も強調していきたいですね。水泳が単なるスポーツではなく、人生の一部として根付くように。水泳を「かっこよく、楽しく、自由に」できる環境が整えば、子どもも大人もきっと戻ってきてくれると信じています。そして、やめた人も、また戻ってこられるような“循環”を作っていきたいと思います。

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山本晴基(やまもとはるき)氏プロフィール

 

近畿大学体育会水上競技部ヘッドコーチ。選手時代は「遅咲き型」ながら着実に記録を伸ばし、大学4年時に日本学生選手権で初めて表彰台に立った経験を持つ。大学卒業後は自衛隊体育学校水泳班に進んだのち2008年北京オリンピック選考会100m自由形6位でオリンピックを逃して現役終了。その後、指導者への道を選び、同志社大学水泳部コーチを経て、現在は近畿大学で11シーズン目を迎える。指導者としては「直感型」を自認しつつも、天理大学大学院での水泳トレーニングに関する研究活動や、AIRFIT SWIMなどの活用により科学的エビデンスも重視する姿勢を持ち、直感と理論のハイブリッドによる指導に定評がある。また、オーストラリアのスイムウェアブランド「エンジン」の日本代理店としての活動や、元トップスイマーに直接指導してもらえる「水泳塾」の運営など、多方面で水泳界に貢献している。