注目のロス五輪2028新種目 50メートル平泳ぎのスペシャリスト日本雄也が語る「水泳人生最終章」

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写真:2023競泳ジャパンオープン男子50m平泳ぎB決勝での日本雄也(アクアティックス)/提供:長田洋平/アフロスポーツ

 

2025年4月9日(水)に発表された国際オリンピック委員会(IOC)の理事会で水泳界にとって衝撃のニュースが発表された。

次回2028年ロサンゼルス夏季オリンピックの水泳競技で50メートルの平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎが新たに競技日程に加えられることとなったのだ。これにより水泳のメダル種目数はパリ2024の35から41に増加する。

この種目増を「現役最後にして最大の好機」と目論むのが短水路100m平泳ぎ日本記録保持者の日本雄也(ヒノモトユウヤ、アクアティック所属)だ。

入江陵介, 日本雄也, 相馬あい, 池本凪沙

杭州アジア大会2022混合400mメドレーリレーでは入江陵介, 相馬あい, 池本凪沙とともに銀メダルを獲得した。(右から2番目が日本雄也)
写真:AP/アフロ

 

平泳ぎ短距離のスペシャリストとして知られる日本雄也にとって、東京、パリの2大会で出場権を得られず失意にあった中で巡ってきたラストチャンスとなる。

現在28歳の日本は、ロス五輪を迎える2028年夏には31歳となる。

「20代中盤がピーク」とも言われる水泳界において、ベテランの域に達する日本が取り組むのが“50メートル平泳ぎに特化”した独自のトレーニング方法だ。

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50mに特化した独自のトレー二ングでさらなる肉体改造を図る日本雄也 杭州アジア大会 2022 競泳男子50m平泳ぎ決勝にて 写真:森田直樹/アフロスポーツ

 

パリ五輪の後、社会人として働きながら競技を続ける道を選んだ日本の水泳人生と現在地に迫った。

幼少期に自覚した「水のセンス」と「陸のセンス」

ーー水泳との出会いについて教えてください?

日本:だいたい3、4歳ぐらいですね。姉が2人いまして、姉が水泳していた影響で始めました。当時スイミングスクールが活発に動き始めた時期で、とりあえず水泳を習わせようという空気がありました。姉が泳いでる間、僕は暇だったので一緒に入ることになりました。

写真提供:本人

ーーご家族も皆さん水泳を競技者として続けられていたのですか?

日本:姉2人は高校生までですね。1人はインターハイまで、もう1人の姉は国体まで出ていました。両親は水泳出身ではなく、父は野球、母はバレーボールをやっていました。

ーー日本選手は習い事として始めた水泳が強くなっていったという感じですか?

日本:そうですね。ただ、運動神経はあまり良くなかったと思います。水泳選手で速くなる人って、球技などが苦手な人が多いです。僕もソフトボールをやっていましたが全然ダメで、球技が苦手でした。それで水泳に集中しました。

ーー器用さが求められる球技が苦手でも、水泳なら努力やトレーニングで成長できるということでしょうか?

日本:水泳にもセンスはあると思います。でも、水の中でのセンスと陸上でのセンスは別かもしれません。高校生でもスキップができない子が全国大会に出たりします。必ずしもリズム感がなくても活躍できるのが水泳の面白さですね。

平泳ぎで才能が開花 短水路と長水路の違いとは

ーー専門が平泳ぎだと思いますが、いつ頃からフォーカスされるようになったのですか?

日本:中学1年生の頃ですね。当時のコーチが「そろそろ専門種目を決めていいよ」と言ってくれて。それまでは個人メドレーが中心でしたが、平泳ぎが得意だったので専門に選びました。

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ーートップ選手はどのくらいのタイミングで専門種目を決めることが多いのですか?

日本:コーチによると思います。中学ぐらいで分かれることが多いと思います。小学生でジュニアオリンピックなどに出始める子は早く決まるケースもありますが、基礎を重視する場合は中学まで個人メドレーを中心にすることが多いですね。

ーー現在も練習では四泳法を取り入れたりするのですか?

日本:もちろんです。ウォーミングアップでは全種目泳ぎます。トップ選手でも個人メドレーを練習に取り入れています。専門種目のトレーニングは仕上げとして行う流れです。

ーー平泳ぎに向いていると感じたのはどのあたりですか?

日本:中学2年生で初めて全国大会に出た頃ですね。周囲からキックが上手いと言われ、自分では意識していませんでしたが、タイムも伸びていたので「このまま平泳ぎでいこう」と思いました。

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写真提供:本人

ーーそのキックの特徴とは?

日本:一般的な平泳ぎは足を外に蹴って閉じるのですが、僕は少し下向きに蹴って、閉じるときに足首で水をすくい上げるような動作をしています。いわゆる「アップキック」と呼ばれるもので、これがスピードに繋がっていました。

ーー短水路(25mプール)と長水路(50mプール)どちらも日本一になられていますが、その違いについて教えてください。

日本:長水路は「泳ぎが早い選手」が勝ち、短水路は「テクニックがある選手」が勝ちます。短水路では、壁の蹴りやスタート、ターンなどの動作の回数が2倍になる分テクニックが重要です。僕が日本記録を出したときは、ウェイトトレーニングを強化していた時期でした。

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ーー長水路でも優勝されていますが、使い分けは?

日本:50mに関しては、スタートから25mのスピード勝負なので、短水路も長水路も大きな違いはありません。ただ100mになると、後半の泳ぎが重要になってきて、僕はそこが苦手なので、50mでは勝てても100mでは勝てないことがあります。

3度目の正直 ロス五輪に向けて

ーーキャリアにおける大きなターニングポイントはいつだったのでしょうか?

日本:中学2年の全国大会出場は大きかったですが、大学卒業時の2019年にも大きな転機がありました。東京オリンピックが開催されるということで「地元の五輪に出たい」という強い気持ちがあり、競技を続ける決意をしました。

 

ーー大学卒業後の進路はどのように決められたのでしょうか?

日本:東京オリンピックが開催されるというのが一番大きかったです。地元開催のオリンピックに出たいという強い想いがありました。当時のコーチや監督にも「社会人でも競技を続けたい」と伝えていました。大学4年の時点では全国2位でしたが、まだ伸びしろがあると思い、東京五輪を目指すことを決めました。

ーーそんな中でのアクアティック社への入社について、経緯を教えてください。

日本:近畿大学の監督コーチ陣がアクアティックの幹部とつながりがあり、「オリンピックを目指せる選手を雇いたい」という話があったんです。推薦していただいたおかげで入社できました。もしあのときの推薦がなければ、競技も続けられなかったかもしれません。

ーー入社後のライフスタイルについて教えてください。

日本:パリ五輪の選考会までは、水泳だけに専念させていただきました。会社には所属していましたが勤務はせず、近畿大学で練習を続けていました。パリ五輪後からはアクアティックで勤務しながら、練習も並行して行っています。

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2023競泳日本選手権 男子 50m平泳ぎ金メダル獲得時。中央が日本雄也
写真:松尾/アフロスポーツ

 

ーー現在のお仕事と競技のバランスは?

日本:仕事はスイミングのコーチをしています。小さな子から大人まで指導する、いわゆる一般的なコーチです。その勤務外で自分のトレーニングや練習しています。ですので今は、一般的な社会人スイマーと同じ立ち位置ですね。

ーー水泳だけに専念できる時間が限られた環境の中、どんな目標を持って競技を続けられていますか?

日本:パリオリンピック選考会で落ちたときはさすがに落ち込みましたし、引退も考えました。ただ、モヤモヤした気持ちもあって完全には割り切れずに過ごしていたんですね。

そんなとき「ロス五輪で50mが正式種目になるかもしれない」と聞いて、それが現役続行の決定打になりました。

今は50mに特化したトレーニング、練習に集中しています。

ーー五輪で50m平泳ぎが正式種目に採用されていなければ競技を続けていなかったかもしれないと。

日本:はい。僕が世界で戦える種目は50mしかないと思っていたので、それ以外での可能性は考えていませんでした。

50m平泳ぎに特化した独自の“肉体改造”メニューとは

ーーロス五輪に向けた長期的な練習計画について教えてください

日本:50m平泳ぎが正式種目になったので、100mなどはやらず、完全に50mに特化した強化をしていきます。

自分は174cmと身長が低めなので、肉体改造で勝負しようと思っています。筋力とスプリント力を極限まで高めていくつもりです。

ーー具体的にはどういったトレーニングを行うのでしょうか?

日本:競技に専念できていた頃のように2時間練習×2回などは不可能なので、練習時間は短くし、効率化しています。スプリント中心の内容で、チューブを使ったレジストトレーニングがメインです。体に抵抗をかけて泳ぐことで、パワーを養っています。

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ーー現在の練習距離や内容は?

日本:以前は1週間で3〜4万メートル泳いでいましたが、今は3,000メートル程度と泳ぐ距離自体は10分の1程度です。その分かなりの負荷をかけていて、ウォーミングアップやダウン以外は、ほぼ抵抗系の練習で、メートル換算できないような内容になっています。

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セットの後半、腕がパンパンで動かない中、それでも動かさなければならないのがなかなか辛いです。

泳ぎが崩れて、トップ選手とは思えないようなフォームになっても、耐えて泳ぐ。それを繰り返して肉体改造をするしか勝つ道は無いと思っています。

2028年ロス五輪を目指して

ーー改めて今後の目標について教えて下さい。

日本:直近では来年開催されるアジア大会が目標です。そして最終的には2028年のロサンゼルス五輪を目指しています。毎年の選考会が勝負の場になるので、常に結果を出し続ける必要があります。

ーー過去に世界水泳やアジア大会でも活躍されていますが、やはりオリンピックは特別な存在ですか?

日本:選考会の雰囲気自体がまったく違います。オリンピックはスポーツ選手にとって最大の舞台なので、会場の緊張感も格別です。世界水泳とは別物だと思っています。

ーー長くの水泳のトップアスリートとして戦って来られて感じる競技環境の変化などはありますか?

日本:最近の水泳選手のピークは24〜26歳ぐらいと言われ、引退は26〜30歳が多いです。ただ、鈴木聡美さんのように35歳を超えても活躍している選手もいて、競技寿命が延びていると感じます。

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僕自身もそうですが、東京オリンピック前後から、企業が選手を雇用するようになり、社会人になっても競技を続けられる環境が整ってきたことが大きいです。この火を絶やさないように結果で恩返しをしなければなりません。

ーー最後に、ファンに向けてメッセージをお願いします。

日本:五輪の正式種目になったことで、これから50mに特化するスピード型の水泳選手が増えてくると思います。僕が行っているトレーニングや変化する体づくりも含めて、参考として見てもらえたら嬉しいです。

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真似はしなくても、「こういう練習もあるんだ」と知ってもらえると良いですね。今後、日本人が50mで世界とどう戦っていけるのか、ぜひ注目して見ていてください。

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水泳 日本雄也(ひのもとゆうや)選手プロフィール

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1997年生まれ。平泳ぎ短距離のスペシャリストとして活躍する水泳選手である。短水路100m平泳ぎ日本記録保持者。現在は株式会社アクアティックに所属し、スイミングコーチとして勤務しながら選手活動を続けている。身長174cmと日本人選手の中でも比較的小柄ながら、独特のキック技術と筋力を活かした泳ぎで国内外の大会で結果を残してきた。大学時代は近畿大学に所属し、インカレでも活躍。社会人になってからも国際大会(世界水泳、アジア大会ほか)に日本代表として出場経験を持つ。現在は2028年ロサンゼルスオリンピックでの50メートル平泳ぎ正式種目化を見据え、トレーニングに励んでいる。