水泳を続ける力――近畿大・山本晴基ヘッドコーチが語る“停滞期の乗り越え方”とは

水泳は、人生最初の習い事として選ばれることの多いスポーツだ。

しかし、幼少期から始めたとしても、そこから競技として続けていくことは簡単ではない。競技レベルに進むほどに、記録の壁や停滞期に向き合う必要があり、多くの選手が節目で競技を離れていく。

そんな中で日本記録保持者やパラリンピアンなどのトップスイマーを育て続けているのが、水泳界の名門・近畿大学体育会水上競技部ヘッドコーチの山本晴基氏だ。

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平泳ぎ100m(短水路)日本記録保持者の日本雄也選手(アクアティック)も山本コーチの教え子だ

 

現役時代にはオリンピアン養成のための国家組織「自衛隊体育学校」に所属するなど輝かしい経歴を持つ山本コーチに水泳選手のキャリアと指導論について聞いた。

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遅咲き選手からトップ指導者へ

ーーまず山本コーチの現役選手時代について教えてください。

山本:水泳自体は物心ついた頃から始め、小学生で選手クラスに上がりましたが、全国大会に出られたのは中学からです。

小学生の頃から全国大会の上位で活躍してそのまま強くなっていく選手も多い中、私は遅咲きの選手だったと思います。

高校でようやくインターハイ決勝の舞台に立ち、大学4年でようやく表彰台に届きました。

この間、毎年少しずつ自己ベストを更新できたことが自信となり、大学卒業後、社会人になっても5-6年は自衛隊体育学校の水泳班で現役を続けることができました。

ーー現役引退後にコーチになられた経緯についても教えてください。

山本:選手引退後も、自衛隊水泳班のアシスタントコーチとして残らせてもらいましたが、個々の選手を教えるより、チーム作りに関わりたいと思っていたところに同志社大学からお誘いがあり、大学のコーチに転身しました。大学チームの指導は同志社で4シーズン、その後、近畿大学では今11シーズン目です。

 

 

ーー大学の水泳コーチングとは、具体的にどのようなことをされるのですか?
山本:水泳部の運営を我々コーチ陣がマネジメントします。月曜から土曜日、朝練習があり、2回やるときは午後練習もあります。基本的にそれが一日のメインの仕事です。

トレーニングメニューを組んだり、計画を立てたり、勧誘活動、寮の管理など、水泳部の運営全般に関わっています。

私はヘッドコーチという立場で、特に強化に責任を持っています。年間・月間・週間のスケジュールや試合の選定、ピリオダイゼーションを考え、日々のトレーニングを組み立てています。

ーーご自身はどのようなタイプの指導者だと思いますか?
山本:私は直感型ですね。自分の感覚で「これが足りないな」と思ったことを重視します。ただ、直感だけでは不十分なので、エビデンスやデータも確認しながら大きく道を外さないようにもしています。

停滞期の乗り越え方とは

ーー大学水泳のトップに君臨する近畿大学の指導における難しさは?
山本:どの選手も大学4年間で急成長できればいいのですが、そう簡単ではないですよね。

特に結果が出た翌年は一度停滞し、その後また上がっていく選手が多いのですが、再び成長軌道に乗せるのが我々の仕事です。

ーー停滞した選手を再び成長軌道に乗せるためのアプローチにはどんなものがありますか?

山本:これは私の現役時代の経験則でもあるのですが、選手は一度結果が出ると、そのままの取り組みを続けていればまた結果が出ると誤解しやすいものです。実はそうではなく、次のレベルに進むには、新たな挑戦や変化が必要です。

結果が出たやり方を変えるには恐怖心も伴いますが、それに気づくまで停滞することがありますので、変化を恐れることのないよう勇気づけるのもコーチの仕事です。

大学まで水泳を続けると得られることとは?

ーー近畿大学の選手たちは、卒業後はどのような進路を選ばれることが多いのですか?
山本:学年に1人程度、スポンサーを得てプロとして水泳を続ける選手もいますが、基本的には一般企業に就職し、水泳から離れる選手がほとんどです。教員や指導者になる選手も少ないですね。

ーーそんな中、大学まで水泳を続けることのメリットとは何でしょうか?
山本:まずは大学4年間で社会に出る準備ができます。人間関係やチーム作り、大会運営などを経験することで、自分の役割を学び、社会に出る前の良い訓練になると思います。

また、大学まで水泳を続けたことで、泳ぐ気持ちよさ、面白さは人一倍経験できています。競技を離れても、また泳ぎたくなる瞬間が来ますので、その時にタイムを気にせず泳げる楽しみが再びやってくるのも水泳を大学まで本気で続けた人の特権だと思っています。

ーー山本コーチも今でもマスターズの大会に出場されているそうですね。
山本:水泳は生涯スポーツとして続けたいと思っていまして、年に一度、体力測定のつもりでレースに参加しています。昔に比べると出場は減りましたが、楽しみながら続けています。

ただ、最近はプールよりも自然の中で泳ぐ方が楽しくなってきました。タイムを気にせず泳ぐのが心地良いですね。

例えばサーフィンなら2時間夢中で泳ぐことができます。運動のために泳ぐというより、楽しみの中で自然と体を動かせる方が好きですね。

ーー確かにその方が長く続けられる気がします。
山本:水泳はとてもストイックなスポーツです。ランニングと違って泳いでいる時は会話もできず、景色も変わらない。だからこそ楽しいと思うにはハードルがあると思います。

ーー今後のご自身のキャリアについて、構想されていることはありますか?
山本:
世界で戦える選手を育てることも目標ですが、水泳人口が陰りを見せる今、もっと水泳がイケてるスポーツになるような水泳の普及につながる取り組みをしたいと思っています。(>>パイオニアが語る“水泳の未来”と“普及計画” 近畿大、山本晴基ヘッドコーチインタビュー後編 に続く)

山本晴基(やまもとはるき)氏プロフィール

 

近畿大学体育会水上競技部ヘッドコーチ。選手時代は「遅咲き型」ながら着実に記録を伸ばし、大学4年時に日本学生選手権で初めて表彰台に立った経験を持つ。大学卒業後は自衛隊体育学校水泳班に進んだのち2008年北京オリンピック選考会100m自由形6位でオリンピックを逃して現役終了。その後、指導者への道を選び、同志社大学水泳部コーチを経て、現在は近畿大学で11シーズン目を迎える。指導者としては「直感型」を自認しつつも、天理大学大学院での水泳トレーニングに関する研究活動や、AIRFIT SWIMなどの活用により科学的エビデンスも重視する姿勢を持ち、直感と理論のハイブリッドによる指導に定評がある。また、オーストラリアのスイムウェアブランド「エンジン」の日本代理店としての活動や、元トップスイマーに直接指導してもらえる「水泳塾」の運営など、多方面で水泳界に貢献している。