2021年、全農杯全日本卓球選手権大会(ホープス・カブ・バンビの部)で、兄弟で同時優勝。
U-15日本代表である次男の柴田洸をはじめ、“柴田4兄弟”を育てる富山の卓球クラブ「STライトニング」は、現在、注目を集める富山県の卓球クラブである。
創設から9年目。
富山県南砺市という富山市からも車で1時間ほどかかる“田舎”の卓球場には、遠方からも通う子どもたちが、厳しさと温かさが織りなす活気にあふれていた。
創設8年目で、ここまで登りつめた秘訣は何なのか。
その指導方法や、ここまでの軌跡を、柴田篤志・淑子夫妻に話を聞いた。

写真:柴田篤志・淑子(STライトニング)/撮影:ラリーズ編集部
自宅の車庫でスタート
――「STライトニング」創設のきっかけを教えて下さい。
柴田篤志:もともとは、自宅の車庫に置いた1台で、長男と友だち5人くらいを夫婦で教えていました。2、3年続けるうちに“全国で勝っていく選手を育てたい”という思いが強くなってきて、「STライトニング」をクラブ登録し、この卓球場を作りました。
卓球場を作って、今年で9年目です。

写真:富山県南砺市にあるSTライトニング/撮影:ラリーズ編集部
――9年目でも、とても綺麗な卓球場ですが、設計で特に工夫された点はありますか?
柴田篤志:床にはこだわりました。卓球選手は練習量が多いので、膝や腰を痛めがちです。子どもを指導していくときに怪我させたくないなと思って、富山県で一番試合の多い県総合体育館と同じ床にしました。
全面にスプリングが入っていて弾力性があるので、膝にいいんです。これだけで相当お金はかかったんですが(笑)。

写真:STライトニングの卓球場/撮影:ラリーズ編集部
柴田淑子:私は、卓球場横の小部屋はどうしても欲しいと言いました。卓球しながら家事をしないといけないのと、子どもが何人もいると病気のたびに指導を休むわけにもいかないので、生活スペースが欲しくて。

写真:卓球場横の小部屋で1位副賞「とやま和牛『酒粕育ち』肩ロース肉すき焼き用」を家族で食べる/撮影:ラリーズ編集部

写真:キッチンやシャワールームも/撮影:ラリーズ編集部
大学の同級生夫婦
――お二人は日本大学卓球部の同級生だったと伺いました。ご結婚当初から篤志さんの実家・富山県で卓球場を作りたいという思いだったんですか。
柴田淑子:私は大学卒業後卓球から離れていたので、考えてなかったです。ただ、富山県に来て最初は友だちもいなかったので、卓球に行けば知り合いも増えるからと夫が連れて行ってくれて。
でも、長男が生まれたとき、もう卓球指導は辞めようと思っていました。
結局、生後3ヶ月後くらいから指導を再開するんですが(笑)。
――また大変な時期に(笑)。なぜですか。
柴田淑子:私が出産するまで教えていた、一生懸命な小学6年生くらいの選手が2人いたんです。その子たちが“教えてほしいと言っている”と夫から聞いて、気持ちが変わりました。
その子たちがいなかったら、STライトニングをやってなかったかもしれません。
――強くなりたいという選手の思いが、指導者魂に火をつけたんですね。

写真:球出しをする柴田淑子さん/撮影:ラリーズ編集部
最初は女子が全国ベスト8に
柴田篤志:最初は、STライトニングに女の子が多かったんですよ。その子たちが妻を慕って、妻も一生懸命やる子が好きなので熱意を持って指導して、女子のほうが先に全国ベスト8という結果を出しました。
その子たちがうちのクラブの実質的な一期生なので、そこから人がどんどん来てくれるようになりました。
――お子さんが4兄弟だからか、STライトニングにはなぜか男子のイメージが強かったです。
柴田篤志:そうかもしれません(笑)。
それ以降はうちの子どもが日本一になったこともあり、おかげさまで人数も増えて、いまは男女合わせて29人です。ここに7台をかっ詰めて置いてます(笑)。

写真:STライトニングの卓球場/撮影:ラリーズ編集部
――生徒さんは南砺市の子が多いんですか。
柴田篤志:南砺市、高岡市、氷見市、片道約1時間くらいかけて富山市や、岐阜から通ってくれている子もいます。

写真:練習前の一コマ/撮影:ラリーズ編集部
夫婦の役割分担は
――チームの指導で、ご夫婦の役割分担はありますか。
柴田篤志:基本的に、妻が普段のチーム全体を見て、僕は自分の子どもの指導を中心にしつつ、毎日1,2人のチーム生の練習を見る感じです。

写真:柴田篤志・淑子夫妻(STライトニング)/撮影:ラリーズ編集部
――チーム練習は、週に何回ですか。
柴田淑子:基本的に週5回、1日3時間ですね。
夫が仕事で卓球場にいない日は子どもたちのピリピリ感がなくなりがちなので、フットワークは40分間に20回連続を何回達成できるかとか、強い子たちなら3分間で150球を打つとか、飽きないように日によって変えながら、子どもたちの集中力が途切れない工夫はしています。

写真:球出しをする柴田淑子さん/撮影:ラリーズ編集部
柴田淑子:システム練習も、小学生の気持ちが緩まないように、点を取りながらとか、競争を取り入れてやることが多いですね。
――例えば、どんなメニューですか。
柴田淑子:最近よくやっているのは、システム練習の自分の持ち時間が20分だとして、7点を取ったら次のメニューに進むことにしています。ただ、それが自分のサービスからのシステム練習でも、最後の1点は相手のサービスからのオールにして、その1点が取れなければマイナスにします。
“ここ1本欲しい”場面で、集中力を持って相手が何をしてくるか予測する練習です。

写真:バンビ女子で優勝した浅野菜々子(STライトニング)/撮影:ラリーズ編集部
柴田篤志:なるべく多く球を打たせたいので、僕も妻もとにかく多球練習で常に球出ししてますね。自分たちでできる子はフットワークメニューからスタートさせる。
フットワーク、システム練習、課題とやって、1日の終わりに短いですけどゲーム練習をするという流れです。

写真:球出しをする柴田篤志さん/撮影:ラリーズ編集部
柴田4兄弟の育て方
――4兄弟についての育て方についても教えてください。長男・蒼馬(遊学館高2年)、次男・洸(木下アカデミー・中学2年)、三男・優星(小学6年)、四男・煌心(小学1年)ですよね。
柴田淑子:長男のときは、私が卓球をやらせたいという気持ちがなかったので、始めたのも年長くらいでした。やるとなったら厳しい世界ですから。
でも、卓球場に一緒に連れて行っていたら、本人もラケットを持ってやりたいと言い出して、私もやるなら全力でという気持ちで、そこからは日々大変です(笑)。

写真:柴田篤志・淑子(STライトニング)/撮影:ラリーズ編集部
柴田淑子:2番目、3番目の息子からはもう卓球させるつもりだったので2、3歳から始めましたが、
でも正直私は、日本一を目指してはなかったです。
夫が“日本一を目指す”と言い始めたときは、ええ!?と思いました(笑)。
――篤志さんはなぜ“日本一を目指そう”と?
柴田篤志:長男のときにそれなりにやったつもりだったんですけど、全国では全然勝てなくて。
次男が3歳くらいから始めて、能力が高かったのかもしれませんが、小学一年生で全国ベスト8に入ったんです。
じゃあ二年では?と思ったとき、もう何が何でも日本一獲りたい、それは本人じゃなく私に火がつきました。

写真:柴田洸(木下グループ)/撮影:ラリーズ編集部
柴田篤志:そこから日本全国の強豪クラブの監督さんなどに話を聞いて、それなりにやっていたつもりですが、まだまだ練習量も足らないんだなと。
私も仕事をしてますが、どんどん夜の練習時間も遅くなっていって、本人は嫌だったかもしれませんが、何が何でもチャンピオンにさせたかったです。
――じゃあ2021年の全農杯全日本ホカバの兄弟日本一は、喜びひとしおでしたね。

写真:2021年全農杯全日本ホカバでは兄弟優勝/撮影:ラリーズ編集部
「大会前に優勝するかどうかわかる」
柴田淑子:夫はあのとき、優星(バンビ男子優勝)は行ける、洸(カブ男子優勝)がどうかな、という感触でした。
夫は、いつも大会前「今回優勝する」「今回は厳しい」という話を私にして、しかもだいたい当たるんですよ(笑)。
――すごい、なんでわかるんですか。
柴田篤志:僕はほぼ毎日子どもの球を受けているので、すごくいいボールが来ているときはわかります。大会前の1ヶ月なり3週間なり、大会に向けて本人の気持ちが入っていて、僕の注文をすべてやってくれてるときは、“今回はいける”とわかりますね。
逆に、“あ、今はダメだわ”と感じるときは、本当に負けます(笑)。

写真:柴田優星を指導する柴田篤志さん/撮影:ラリーズ編集部
「Strike for Victory(攻めて勝て)」
――篤志さんの指導の特徴を挙げるとすれば何かありますか。
柴田淑子:夫は大きいプレーの指導が得意ですね。私は逆に台上やパターン練習など細かい技術を。
柴田篤志:攻撃的なプレーを教えるのは得意なんです。僕自身も守る卓球はできなかったので、最後まで攻めろと教えていますね。チームの旗にも「Strike for Victory(攻めて勝て)」と入れています。

写真:卓球場に飾られたチーム旗にも「Strike for Victory」/撮影:ラリーズ編集部
――確かに、お子さんたちは全身で振り切るフォアドライブのイメージがあります。お子さんたちの練習メニューは?
柴田篤志:約1時間フットワークの練習した後、約1時間多球練習します。次の時間をシステム練習、サービス・レシーブからの練習をしたら、平日はもうそれぐらいで終わりが来てしまいます。
土日はそれに加えて、細かい練習約1時間ぐらいとゲーム練習的が1時間近く入って、計5時間ぐらいですね。
――練習の中で意識してることは?
柴田篤志:狙ったところに打っているかどうかです。
ただど真ん中に入れるならできても、卓球の試合はやっぱりどんな状況、どんな体勢であっても最終的にどうコーナーに打てるかというところだと思っているので、基本的にも狙ったところに来なかったら取らないぐらいの感覚で指導してます。

写真:常に相手台の深いコーナーを狙う練習/撮影:ラリーズ編集部
柴田篤志:ボールの軌道も見ますね。次男と三男では体格も違うし、打つボールも違います。
次男は弧線をコントロールするのが上手でしたが、いま毎日見ている三男の優星は弧線を作るのはあまり得意ではないですが、スピードボールが得意なのでボールが良い角度で入ってくるんですよ。
なので、三男には打球点とボールの高さはうるさく言ってます。
田舎で日本一を目指すという覚悟
――卓球クラブとしては10年経たずに日本一を二人も輩出、チームの子どもたちも明るい雰囲気で、地方で志高く卓球クラブを運営する、ひとつのモデルだと思います。
柴田篤志:ありがとうございます。でも、正直に言えば、田舎ならではの大変さはあります。周囲の人にとっても“初めて”のことなので。
例えば、いま三男の優星は日本代表に入らせていただいていて、代表合宿は平日を含む1週間あります。こっちの学校にとってはそんな経験がないので、“好きで行っているので欠席扱い”となります。
――なるほど。
柴田篤志:試合が多く、上のカテゴリーの大会にも出るので、文化祭や運動会などの学校行事と重なることもあります。
県の卓球協会にはとても配慮していただいてますが、それでも日本代表の海外遠征と県予選が被ってしまうこともあります。
柴田淑子:学校のPTA役員の時期も、試合で行けないことも多いですね。
会社行事は9割欠席
柴田篤志:トップを目指そうとすると、どうしても犠牲にすることは出てきます。
私は、一般企業の会社員なので、私自身の会社でも最初は辛かったですね。
――指導実績から考えると、専業指導者かと思ってました。
柴田篤志:いえ、トヨタのディーラーに勤務する会社員です(笑)。
出張はもちろん、会社の飲み会、旅行などいろいろ会社行事はありますが、9割欠席します。
基本的に毎日子どもと練習しないといけないので。

写真:柴田優星を指導する父・柴田篤志さん/撮影:ラリーズ編集部
――地方の企業だと、より肩身が狭いかもしれませんね。
柴田篤志:創立何十周年のとき、会社負担のハワイ旅行があったんですが、当然それも欠席しました。
1週間子どもの練習しないなんてことは無理なので、僕は。
――平日夜もチームの指導ですから、会社にいる時間が短いですね。
柴田淑子:でも、決まった時間で成果を出すという姿勢が、逆にいまの時代に合ってきたみたいで、評価していただいています(笑)。
いまは、会社にチームのスポンサーもしていただいて、ありがたいです。
――ホカバ予選会場を見ながら、保護者の方々やOBの子たちも含めて、日本一の選手を育成しているにも関わらず、温かい雰囲気のクラブだなと思いました。
柴田篤志:保護者の方も僕らよりも年上の方が多くて、9年前に始めたときから、お子さんの兄弟もみんな通ってくれるような方も多く、送迎も含めて、やりやすい環境を作っていただけていますね。
今後の目標「日本一を」
――今後の目標、まずはお子さんたちの今後については。
柴田篤志:長男、次男、三男はある程度はもう僕らの手元をどんどん離れていっているので、いま小学一年の四男・をまた今から強化して、小学六年までの間のどこかで、また日本一を目指したいなって思ってます。

写真:四男・煌心くんにアドバイスを送る柴田篤志さん/撮影:ラリーズ編集部
――クラブとしてはいかがでしょう。
柴田淑子:今、クラブで高校生を教え始めて2年目なんです。近くの県立高校が終わって練習に来ている子たちが今インターハイを目指して頑張ってるので、その子たちを強化したいなと。
あとは、小学生低学年女子の人数が揃ってるので、その子たちが高学年になったとき、まだ優勝したことのない女子の全国ホープス優勝を目指していきたいと思っています。

写真:STライトニングの高校生たち/撮影:ラリーズ編集部
取材を終えて
指導者の「強くしたい」という気持ちは、どこから発動していくものなのだろう。
富山県南砺市。富山市から車で約1時間。
夫はずっと会社での働き方を制限しながら、妻は卓球場横の小部屋で4人の子どもを育てながら、冬には毎日のように卓球場の周りを除雪しながら、二人だけで指導を続けてきた。
教えてほしい、もっと強くなりたいという、クラブの子どもたちの情熱。
日本代表を輩出する確かな指導実績。
でも、やっぱり卓球場で過ごす日々が楽しいんだろうなと、7台をぎゅっと並べた卓球場で、子どもたちと同じように真剣な表情で指導する二人を見て、思った。

写真:息子と打つ柴田篤志・淑子夫妻/撮影:ラリーズ編集部

写真:STライトニング/撮影:ラリーズ編集部
動画はこちら
取材・文:槌谷昭人