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東京ヤクルトスワローズスタッフ「チーム石川の献身」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

2024年6月3日。楽天モバイルパーク宮城球場で開催されたセパ交流戦、楽天イーグルス対東京ヤクルトスワローズ。

この日スワローズのマウンドに上がったのは、石川雅規、44歳。現役最年長投手にして、通算の勝ち星は、これも現役最多の186勝。

 

 

その石川の巧みなピッチングによって、ある大記録が打ち立てられた。ルーキー初年度から23年連続勝利投手。日本の長い野球史の中で、ただ一人の偉業である。

大騒ぎするわけでもなく、照れ笑いを浮かべて嬉しさを噛みしめる石川。

そんな石川の様子を陰から見守る者がいた。コーチやトレーナーなど、各分野のプロフェッショナルである、チームスタッフたちだ。

 

 

「ボクらは当たり前のようにグラウンドでプレーしていると見えがちですが、彼らがいないと、ボクは一軍のマウンドには立てていないと思っています」

44歳の大ベテラン、その現役生活を支える彼らの献身を、彼ら自身の証言で紐解いていく。

シーズン真っただ只中の神宮球場。練習グラウンドでは石川が次の登板に向け、調整を図っていた。

その動作の一つひとつに目を光らせ、細かなところまで話し合っているのは石川より2歳年長の石井弘寿ピッチングコーチだ。選手時代は同じ左腕として、共に切磋琢磨してきた。

「(石川は)いやらしいくらい人たらしで、いやらしいくらい良い人で、いやらしいくらい野球少年。あれほど純粋な人間は見たことがないですね。10人いたら10人とも『石川がんばれ!』ってなると思うんです。あれだけすごい選手になっても、人を上から見ることもないんですよね」

そう語る石井コーチの傍らで、石川が若手投手とキャッチボールしながら何やら話し込んでいる。

「ああやって、若手とも同じ目線で話すこと、そこが一番凄いのかな。18歳で入団してくる子から見たら、レジェンドで、おじさんですよ。でも、同じ目線でアドバイスしながら、自分もその若手から学んでるんですよ。コミュニケーションの取り方が抜群にうまい」

石川は自分のみならず、チームそのものに好影響を与えているのだ。

石井はピッチングコーチとして、そんな石川を支えていることに誇りを持っている。

練習後、トレーナールームで体を解す石川。そのかけがえのない肉体を、医療面からサポートしているのがアスレティックトレーナーの松浦直幸だ。

 

 

彼もまた、石川のコミュニケーション能力の高さを知る一人。

「石川さんは話のネタが豊富で、幅が広いんです。普段から野球を中心に、いろいろなことへの関心が高い人ですね。しゃべっていても、周りを明るくするような雰囲気がある」

そう語る松浦の施術を受けていた石川。照れくさいのか、茶々を入れる。

「(取材カメラが入っているから)いつもより丁寧にやってるような気がする」

本当にトレーナールームの雰囲気が明るくなった。

石川の身長は167センチ。決して恵まれた体格とはいえない。長年、体のメンテナンスを請け負ってきた松浦によれば、特別な筋肉を持っているわけでもないらしい。

それでも石川は23年間、大きなケガもなくマウンドに上がり続けてきた。

松浦はその源が、石川自身の体への探究心にあると感じている。

「自分の体を石川さん自身が一番理解していますね。その情報を基に治療やトレーニング、ストレッチの提案をして、石川さんがその時々で最適なものを選択しています」

石川は『(自分を)持ち上げすぎですよ』と前置きして言った。

「松浦はボクの体をずっと診てくれていて、会話からはもちろん、(施術の)指からもボクの体と対話してくれている感じがします。本当に彼がいないと、ボクはマウンドに立つことはできません。トレーナールームでは、たわいのない会話や悩みの相談をしながら、メンタルのケアもしてもらってる感じです」

といいつつ、自分がしゃべりすぎてうるさいのではと本気で心配していた。

背番号106をつけた男が、球場内の用具庫に入り仕事の準備にかかる。

2018年からチームのブルペンキャッチャーを務める星野雄大。石川を理解する3人目の存在だ。

 

 

ブルペンで始まった星野の仕事。それは、ピッチャーの投球をひたすら受け続けること。しかし、ただキャッチングするだけでは、とうてい務まらない仕事でもある。

常に投手陣の癖や、そのときどきのコンディションを把握していなければならないのだ。

そしてキャッチングそのものにも、高度なテクニックが必要とされる。

「いい音を鳴らして、ボールをしっかり止めて補給します。これが結構難しいんですよ。(ボールが)良い回転で、良い軌道で放られてきたら、余計に良い音を鳴らして捕ります」

たまたまブルペンにいた昨年のWBC戦士の一人・高橋奎二投手が、星野を絶賛する。

「キャッチングはピカイチ。ピッチング練習の後で、気づいたことをズバズバ語ってくれるので、それを試合で生かせるんですよ。的確なアドバイスがくるのでうれしいです」

しばらくしてブルペンに石川が姿を見せる。次回登板へ向けての調整を行うという。受けるのは、もちろん星野だ。

一球、また一球。ときおり星野に話しかけながら球数を重ね、球威が次第に増していく。

「人を乗せるのがうまいし、キャッチングもうまい。星野に投げると、ボクの状態も上がっていきますね。逆に調子が悪いときは、一緒になって一球一球、問題を確認してくれます」

星野が石川の球を受けるようになって5年。日々、尊敬の念が募っている。

「年齢を重ねても本人が変化を恐れないので、いろいろなことに挑戦してくれます。ボクも石川さんや石井さん(ピッチングコーチ)たちと、それこそチームとなって、どうバッターを抑えていくかを話し合っています」

そして、しみじみと自身のやり甲斐を語った。

「ボクみたいなブルペンキャッチャーの意見にも、真摯に耳を傾けてくれるんです。あれだけの成績を残している人で、そんな人いませんよ。朝早くきて、この暑い中ランニングする姿も見てきているので、本当に頑張ってほしい、1勝でも多く挙げてほしいです」

石川のためならば……、星野はどんな労も厭わないつもりだ。

そして石川もまた、自分の周りに集まるスタッフへ全幅の信頼を寄せている。

「ボクらは機械ではないけど、ピッチャーとしては再現性を高く、機械のように同じ投げ方で、同じボールを投げたいんです。でも、そういうわけにはいかないので、ブルペンでの調子の良しあしも含めて、必要な微調整を、みんなで感じ取っていくわけです。しっかりした会話の中で、日々の変化を感じながらやってくれるので、ボクはもちろん、若い選手にとっても、やりやすい環境を作ってもらっていると思います」

1日の仕事を終えた星野が帰宅する。その彼の口から、頼もしい言葉が出た。

「もちろん(目標としては)チームの優勝とかありますけど、投手に信頼されて、困ったときに助けられる、そういうブルペンキャッチャーになりたいんです。そんなふうに思えるのも、石川さんと出会ったからなんでしょうね」

石井弘寿ピッチングコーチ、松浦直幸アスレティックトレーナー、そして星野。

彼らが石川の周りに集まるのは、単なる偶然の巡り合わせかもしれない。だが今や、対等の合議制で[チーム石川]は機能している。すべては石川の人柄が成せる業なのだ。

彼らは、それぞれの立場から石川を理解し、献身を惜しまない。その仕事が、大ベテラン投手の偉大なる挑戦への原動力となる。

後日、ピッチング練習を控えてブルペンに向かう石川が、スタッフたちの献身を語った。

「グラウンドに立つ、マウンドに立つということは、家族や裏方のスタッフ、トレーナー、コーチ、そしてファンの支えがなければ成り立ちません。これからもっともっと優勝したいし、日本一にもなりたい。個人的な目標としては、200勝を達成したい思いもあります。その200勝の景色を(チーム石川の)みんなで味わって恩返ししたいですね」

そんな思いが、きついときにも体を突き動かす原動力になるのだ。

小さな大投手、石川雅規、44歳。ブルペンでの投球が始まる。

信頼するスタッフたちの献身を一身に受け、キレのあるボールを投げ込んでいく。

ブルペンキャッチャー・星野のミットが、乾いた良い音を響かせた。

「ナイスボール!」

星野はお世辞をいったりはしない。

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