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慶應大学ラクロス部「チームは”ファミ”リー」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

そのグラウンドでは大学生女子たちが、先端にネットのついたスティックでボールを操り、躍動していた。

慶應大学ラクロス部。日本での競技の歴史は、この慶應から始まったといわれている。

1988年、たった5人で始まった女子ラクロス部は現在、部員150名を超え、日本のラクロス界を牽引するチームへと成長した。
 

 

史上最多、4度の大学選手権制覇に加え、社会人を含めた大会でも2度の日本一に輝いてきたこのチームには、ユニークな伝統の文化が根づいている。

練習後、ある部員が数名の仲間を呼び寄せ、紹介してくれた。

「これが私のファミです!」

ファミリー、通称ファミはチームの中に多数存在する、学年を越えた絆を育む集まり。部活動でのコミュニケーションはもちろん、食事会や旅行も共にするという。

なるほど彼女たちを見ていると、その様子は仲の良い姉妹、まさに家族だ。

このファミの絆に救われた選手がいる。チームの主力選手の一人・山根里華(4年)。

彼女は1年半前の試合中、右膝前十字靭帯を断裂。選手生命を奪われかねないケガを負い、以来、懸命のリハビリを続けてきた。

「日本一になることを夢見てきて……、もう地獄に落ちた。これからどうやって生きていこうって絶望してました」

そんなとき、病室にいくつものビデオメッセージが届く。ファミからだった。

『里華、がんばって!』『大好き!』『はやく戻ってこいよ!』

これを見て、山根に[あきらめる]という選択肢はなくなった。

「ファミが見てるから頑張ろうとか、ファミに恥ずかしくないようにリハビリしなきゃとか、そういうモチベーションにつながっていました」

慶應女子ラクロス部の練習は、いつも河川敷のグラウンドで行われる。

キャプテンの横手希未子(4年)が部員をファーストネームで点呼する。このファーストネーム呼びも、部の良き伝統だ。

もちろん中心メンバーの山根もそこに名を連ねるが、リハビリ中の彼女はまだ練習には参加できない。それでも明るく、自分のファミたちを紹介してくれた。

「私が最高学年なので家族の大黒柱になって引っ張っていかなきゃ、とは思っているんですよ」

その言葉を、ファミの佐藤優衣(2年)や秋山美里(3年)、重村百香(2年)がニヤニヤしながら聞いている。

『ほぉ……、大黒柱ねぇ』

「なんだよぉお!」

学年の垣根なく仲がいい。事実だった。

ファミの存在によって彼女たちは親密な関係を持つが、それはラクロスのプレー自体にもつながると、長年、部を指導する大久保宣浩コーチは教えてくれた。

「一般的にラクロスは主力選手が攻撃を担うものですが、慶應は全員攻撃が特徴です。あうんの呼吸でコートにいる誰もがシュートを打ち、誰もがアスシトに回れるのは、ファミの良い影響でしょうね」

この日の練習では、ゴール裏もプレーゾーンであるラクロスの特徴を生かして、意表を突いたパス回しからのフェイントプレーが鮮やかに決まる。

キャプテンの横手が、そのプレーを解説する。

「パスを始めとするラクロスの動きは、選手同士のコミュニケーションで成り立つと思うので、(ファミのおかげで)チームメイトをよく分かっているからこそ、それがチーム力を倍増させているんです」

コートの外から練習を見守る山根が、大きな声で指示を出している。

高校までバスケットボールに打ち込んでいた彼女は、その経験を生かし、1年生の終わりには、わずか20人枠のレギュラーメンバー入りを果たす。そして、主力選手として日本一を目指す日々に没頭していた。

だが、昨年の大ケガで10カ月にも及ぶリハビリ生活を余儀なくされ、再びコートに立てたのは今年の春。それでも、再スタートに燃えていた。

ところが、復帰直後の試合……。突如、山根がコートに倒れ込む。幸い断裂こそしていなかったものの、またしても右膝靭帯の損傷。

「たぶん、みんなが一瞬で状況を察してくれたんです。やっと復帰できたのに、また振り出しに戻って。そんな私の感情を受け入れて、一緒に悲しんでくれました」

とはいえ復帰は遠のき、山根は心が折れる寸前まで追い詰められる。そこから救い出してくれたのは、やっぱりファミだった。

「里華さんがいないと練習が楽しくない、ラクロスが楽しくないって……」

その一言が山根に前を向かせた。

「リハビリを頑張ろうって、絶対コートに戻りたいって心が決まりました」

ある日の、山根たちファミのランチ会を訪ねた。

口いっぱいにおいしいものを詰め込んで、笑顔の絶えないひととき。どうやら彼女たちは、箸が転がっただけでもおかしいらしい。

そんな中で3年生の秋山美里が、急にしみじみ語り出す。

「私は1年生のとき、一人だけ一軍に選んでもらえたんですけど、ファミの(山根)里華さんや、他の先輩たちが優しく接してくれるから心細くなかったし、ずっと救われてました」

『それがファミってもんよ』

山根によるしたり顔での一言で、爆笑タイム再開!

ちなみにこの後、2年生・重村百香のスマホ待ち受け画面が、ファミの集合写真であることが発覚し、さらに大騒ぎとなっていた。

6月下旬、実戦練習に加わる山根の姿を見た。経過は順調のようだ。

 

 

3週間後には女子ラクロス関東学生リーグが開幕するが、彼女はその初戦への出場を目指していた。

「開幕戦は日本一へのスタートを切る大事な節目だと思っているので、私もスタートダッシュの輪の中にいたいんです」

だが、開幕まで一週間となったその日、山根に緊急事態が発生する。

「練習中に左足を捻って、(くるぶしの)内側が剥離骨折してます」

開幕戦出場は絶望的だった……。

「(入学から)最初の2年間はケガなく順調にきて、この2年で立て続けにケガをしているのは、偶然とは思えないんです。だからこそ、今は受け入れている感じです」

山根は笑顔を見せてくれたが、感情を押し殺しているのは明らかだった。

7月20日、関東学生リーグ、慶應女子ラクロス部の初戦。

ウォーミングアップを開始したベンチ入りメンバーを、サポートに回った山根が見守っている。そこに加わっているはずだった彼女の心中は、穏やかではないだろう。

そんな山根にファミの重村百香が突然、一通の手紙を手渡す。

「まだこの先は続くから、頑張ってくださいっていう思いと、いつもありがとうございますっていう感謝の思いを書きまし……、ちょっとダメ!」

手紙をすぐに読もうとした山根と、後で読んでほしい重村との間で、微笑ましい小競り合いが始まった。こんな些細なことが、山根の心を救うのだ。そして……。

「日本一への第一歩、絶対勝ちましょう!」

キャプテン・横手の掛け声で、全員の心に火が灯る。

スタンドに陣取った山根が応援の檄を飛ばす中、慶應の初戦、対青山学院戦が始まった。

関東の24大学が競うリーグ戦は、まさに日本一への第一歩。だが試合は序盤、スピードを武器にする青山学院が3点を先取。厳しい出だしだ。

それでも次第に、あうんの呼吸による慶應伝統の連係プレーが機能し始めた。

一進一退の攻防を続けながらも、徐々に得点を重ね、ついに逆転!

そして試合終了のホイッスル! 慶應は11対8で強敵を退けた。

スタンドで見守り、応援するしかできなかった山根。悔しくないといえばウソになる。先に不安はないといえばウソになる。だが、彼女は今に感謝している。

「(ファミや他の仲間といった)みんながいることが、私の原動力。みんながいるから、また頑張ろうと思えるんです」

 

 

退部はおろか、ラクロスを辞めてしまってもおかしくない現実の中、待ち受けるのは三度目の復活を懸けた険しい道程。また挫けそうになる瞬間は、きっと訪れるだろう。

だが、何度でも立ち上がる力を与えてくれるのが、慶應女子ラクロス部の伝統だ。

だからファミは、山根里華をあきらめない。

だから山根里華はあきらめない。

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