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【前編】地元・静岡に返り咲いた市川大祐。怪我との闘いを乗り越え、再び“王国”で輝きを放つ

今回は日本を代表するSB(サイドバック)の1人であるサッカー・市川大祐選手にお話を伺います。市川選手は清水エスパルスユースからトップチームに昇格され、1998年には「17歳322日」という史上最年少で日本代表の試合に出場された記録をお持ちです。その後2002年日韓ワールドカップに出場し、ご活躍されました。清水エスパルス退団後はヴァンフォーレ甲府、水戸ホーリーホックを経て、現在はJ3藤枝MYFCに所属されています。

サッカー王国・静岡でプロを目指す

-まず始めにサッカーを始めたきっかけを教えてください。

清水という土地柄もあって遊ぶといえばとにかくサッカーというものが身近にありました。兄が3人いまして、サッカーをやりたかったのですが、父が野球をやっていたので、実は最初はすぐにサッカーとはならなかったんです。ただ友達の誕生日会でみんなはサッカーをやっていて、お前だけサッカーじゃないと言われて泣いて帰ってからはやらせてもらえるようになりました。

-お父様は野球で期待していたのですね。

兄達がサッカーをやっていましたが、レギュラーではなかったのでうちはサッカーはダメなのだろうと思っていたのかもしれません。やはり自分がやっていた野球だろうと。でもサッカーをやり始めたら父親ものめり込んでいきましたけどね。応援してくれました。

-いつから選手としてプロになりたいと思うようになりましたか。

清水FCという選抜チームで地域のトップレベルの選手達とライバル心を持って刺激を受けながらプレーできたので、そこからプロになりたいと思うようになりました。

-ポジションはずっとDF(ディフェンダー)ですか。

小学校の最後の大会で少しだけFW(フォワード)をやったこともありますが、基本的にはDFです。圧倒的に長いです。ジュニアユースの初めはCB(センターバック)をやっていました。その後はずっとSB(サイドバック)で、ポジションの楽しさを感じながらやっていました。CBをやっている時からオーバーラップをするのが好きだったので、SBになったことで攻撃参加する機会が増えたので面白かったですね。

-SBとして活躍するために練習で重視した点を教えてください。

もちろんクロスの精度を上げることも大切ですが、やはり攻撃参加するタイミングですよね。むやみに上がってパスを出せる選手がいないといけませんし、どのタイミングで走られたら相手が嫌なのか、やりながら経験として培っていきました。相手選手やフォーメーションによっても変わりますから。いろいろなことを考えながらどのポジションを取るかを考えます。

市川大祐

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