小池謙雅トレーナーが、“常勝軍団”を優勝に導いた施術とは

【小池 謙雅(こいけ・けんや:トレーナー、治療家)】

鍼灸師、柔道整復師の学校を卒業し、複数の治療院での下積み期間を経た後、2007~2012年の6シーズンに渡ってJリーグ・鹿島アントラーズのトレーナーを務めた。その間にチームは国内3大タイトル(リーグ戦、ヤマザキナビスコカップ、天皇杯)を計7つ獲得している。チーム退任後はトリガー鍼灸・整骨院を立ち上げ、主に痛みを引き起こす原因となるトリガーポイントに対する治療法をトップアスリートのみならず、より広く一般の人々に対しても行っている。

プロスポーツの現場で結果を残した「トリガーポイント」への施術

-まず、小池さんが行っているトリガーポイントへの施術について教えてください。

サッカーなどのスポーツ選手の体をコンディショニングする上で求められているものは結果です。時間ではありません。でも街中の治療院でありがちなのは時間あたりいくら、という料金設定です。しかし、プロの選手を相手にした時は施術を時間いっぱいやったからといって済むものではありません。時にはハーフタイムなどの短い時間で症状を改善してくれという選手からのニーズがあって、僕らがそれに応えられるかどうかで試合結果は変わってきてしまうからです。

そこでたどり着いたのがトリガーポイントに対する治療でした。アントラーズでも初めはスポーツマッサージやテーピングだけをやっていました。効くことは分かっていましたが、トリガーポイントへの治療は刺激が強いので封印していたのです。でもある日、試合の大事なシーンで不調だったある選手にその治療を行ったところ、流れが変わって勝つことができ、その大会で優勝するに至るという出来事がありました。それで私の中で腑に落ちたものがありました。結果を『求められる』この仕事において、たった数分という短い時間の中で効果を出すこの方法はもっと一般の人に広く知られていくべきだと考えるようになりました。

トリガーポイントへの鍼治療は例えるならば、茹で上がったウインナーのパンパンに張った皮に楊枝をプスっと刺すと全体がシューっとしぼむような感覚です。マッサージでもアプローチする対象は筋膜なのです。だから特別に強い力は必要ありません。

-その施術方法にはいつ気が付いたのでしょうか?

同僚とのマッサージの練習中に「押すとかなり痛い。けど効くなぁ。」というポイントを見つけていました。それがトリガーポイントへの施術だったということです。

今は効果があっても、痛みがなるべく出ないような方法に少しずつ改善していっています。

スポーツトレーナーとして働く理由とその覚悟を問う

-小池さんがこのお仕事を始めたきっかけはどういったものだったのでしょうか。

僕が行った大学は当時日本で唯一の鍼灸専門の大学でした。でもその「鍼灸」の文字すら読めないまま受験していたんです。自分は高校で将来やりたいことが見つけられなくて、受験勉強に身が入っていませんでした。

結局、医療関係の仕事をしていた母親の勧めで医療系の大学をいくつか受けることにしました。それで受かったのが鍼灸の大学だったのです。僕は独立したいという気持ちだけは強かったので、そのためには腕のいい先生に教わる必要があると考え、あちこちの治療院で修行していきました。

そんな時に鍼灸の業界雑誌の求人広告のページを見たところ、たまたま鹿島アントラーズの元トレーナーが治療院を開くタイミングで、トレーナーになりたい人を募集していて「これだ!」と思い、就職しました。僕自身サッカーをやっていましたし、地元は茨城だし、手に職を付けたものを活かすことができますから。もしアントラーズのトレーナーをやった後に開業したなら、地域一番の治療院になれると思い込んでいました。

-「思い込んでいた」ということはそうはならなかったのでしょうか。

当初は簡単にはならなかったですね。治療技術と治療院経営は全く別物でした。

今でこそ笑って話せますが、腕がよければ治療院は繁盛するのだと思い込んでいました。

小池謙雅

-小池さんご自身もサッカーをやっていたのですよね。

やっていました。キャプテン翼世代です!もちろん怪我もしたことはありましたが、実は僕は治療院に一度も行ったことがないです。

-それは意外ですね。現在はスポーツトレーナーを志す若者も増えてきているのではないでしょうか?

「学生時代、部活で怪我をした時にトレーナーの人にお世話になったので、今度は自分がトレーナーになりたい!」という話をトレーナー志望の方からよく聞きます。

しかし、そういう方にトレーナーになるためにどんな努力や活動をされていますか?という質問をすると、決まって「何もしていません…」と答えるわけです。トレーナーを目指すことが夢や目標なのではなく、ただプレーヤーとして一流を目指さない口実にすり替わっているのでは?と思うことがあります。

そうでなければトレーナーになるのに何も行動をしていないなんて、現役でトレーナーとして活躍している方々からしたら信じられない話です。

この類の話は本当に多い。だからトレーナーになりたいと相談を受けた際はそれが本当にしたいことなのか自問してもらいます。歓声沸き立つスタジアムのスポットライトの中で選手にコールドスプレーをかける!…こんなシーンは業務のほんの一コマでしかないのですから。

小笠原満男のユニフォーム柴崎岳のユニフォーム治療院には鹿島で活躍している選手のユニフォームが飾られている

-今まで様々な選手の体を見て来られたと思いますが、特に素晴らしい体つきをしていた選手はいますか?

私は筋肉の質に良いも悪いもないと考えます。日本を代表するとある選手はすごくガチガチの硬い筋肉です。でもいいパフォーマンスを発揮しますよ。競技をする選手はトレーニングしたり、維持したりして筋肉を「獲得する」必要があるわけですが、それと実際のプレーにおけるパフォーマンスは別物です。よく若い選手がプロテインを飲んで筋トレして、筋力を付けようとしますが、僕はその目的を問います。グラウンド上で表現したいプレーがあって、そのために必要なら筋力アップをすればいいのですが、付けたらその分犠牲になるものもあります。何となく筋肉を付けたらいい、柔らかい筋肉の方がいい、という思い込みを持っている選手が多いのも現状です。

私個人は結果を残せる体が結果的にいい体なのだと思います。筋肉の質とパフォーマンスと勝敗は安易には結び付けることは出来ません。しかし、ケアをしている筋肉かそうでないかはすぐに分かります。

-仮にしっかりケアをしていてもやはりパフォーマンスには直結してこないのでしょうか。

競技は競争です。絶好調だと本人が言っていたとしても、負けてしまっては何にもなりません。あくまで私達は選手がパフォーマンスを引き出すためのサポートしかできない。それを戦術的にどう動かしていくのかは監督やコーチ、そして選手の仕事です。

-勝つためには様々な要因が絡み合っていて、その中の大事な要素の一つということですね。人として素晴らしい選手もいたと思いますが、それを象徴するエピソードがあれば教えてください。

たとえプロでも凡ミスで負けてしまうことってあるじゃないですか。そういうことがあったとしてもミスを犯してしまった選手を責めることを鹿島の選手は絶対にしません。僕はなぜ責めたりしないのかをある選手に聞いたことがあります。

すると、「そこにボールを運んでしまったチームの責任がある。過程があって、結果があるわけで。そうなると1週間前から試合に向けて準備してきた俺達を含めた関わる人全員に責任がある。」と返ってきました。彼は人のせいにしていないのです。勝敗は全て自分の責任だという意識があるのでしょう。人はうまくいかない時、どうしても環境や他人のせいにしてしまいがち。でもその環境を選んだのも自分だし、その他人との戦い方を選択したのも自分だと考えているのだと思います。少なくともそう考えられる人は他者に責任を擦り付ける人より、人間として強いですよね。

トップアスリートは高い身体能力の獲得だけでなく、勝負の世界に身を置き、試合やトレーニングの過程を通ることで、メンタル面の強化や人格の形成することにまで及んでいるのだと思います。

【後編へ続く】

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