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下田恒幸が語る、スポーツ実況。「第一は、起きていることの音声化です」

度重なる「国際舞台」を経験して次なるステージへ

下田 J2中継の下請けをした縁で、スカパーとJスポーツのプロデューサーと接点が出来たので、彼らのツテを頼ればキッカケは出来るかもと思い、退社した後に彼らに売り込みました。彼らが僕の実況を高く評価してくれていたのは知っていたので、まぁ、何とかなるかなと(笑)。

また当時は、スカパー!がサッカー中継を拡大していく過程で、2006年のドイツW杯も控えていたので、相当なコンテンツ量があり、アナウンサーが不足していたんです。そういう背景もあって、幸いにもJ2の実況から仕事をもらい、W杯関連の仕事もいくつか担当させてもらいました。

もう一つ運が良かったのは、2006年には世界バレーと世界バスケも日本で開催されていたということです。その時にJ2中継を担当していたプロデューサーの1人が、その2つの大会も担当していたので、依頼を頂く事になりました。

バスケットボールとバレーボールは仙台放送時代に実況の経験があったので、こちら的には願ったりかなったりでしたよね。フリー1年目は、J2、ドイツW杯、世界バレー、世界バスケと経験を積むことができたので、その後は勢いで道が開けていきました。

練習場に足を運ばない理由

下田 スカパー! がJリーグの独占放送権を取得した2007年は、各クラブをアナウンサーの担当制のような形を取っていました。僕は川崎フロンターレの実況が多かったので、情報収集のために麻生グラウンド(川崎フロンターレの練習場)へよく足を運んでいました。ただ練習場に取材に行けば、移動時間も含めて膨大な労力がかる割には得られる情報がもの凄く多い訳ではないんです。

もちろん練習場に行けばチームの空気はつかめるし、選手との接点が持てるというメリットもあります。ただ、練習が2時間あって、家との往復に2時間、選手が練習を終えて出てくるまでに1時間と考えると、最低でも5時間はかかります。なおかつ番記者ではないので、あまり接点のない選手はそこまで話してくれないですし、話してくれたとしても中継の中に入れられるようなネタはそれほど拾えないんですよ。

練習をどう取り組んでいるかよりも、今起こっているプレーやチームの流れを知っておいた方が、試合の中で起こっている「ちょっとしたワンプレーの意味」を拾う事が出来る。例えば、川崎フロンターレの大島僚太選手のちょっとしたトラップの意味を拾うには、普段からたくさんの試合を観ていないと分からないですよね。最近は、とんと練習場取材はご無沙汰ですが、練習場の取材に行くよりも、その時間で2~3試合のVTRを観るようにしています。中継へのフィードバックを考えると、その方がより有益だと考えたからです。

南アフリカW杯初戦。あの“名口上”の裏側

下田 そういった流れで徐々に仕事の規模が大きくなっていって、2010年には南アフリカW杯の実況を務めることになりました。2010年の南アフリカW杯前の岡田JAPANは、直前の東アジアカップでも結果が出ていなくて、中継の中でポジティブなコメントが出来るようなイメージが正直、全く湧かなかったんです。

「自分なりの何か」を入れようと考えても全くポジティブな事は浮かばずで……じゃあ、今まで僕が積んできたものを踏まえて、何が伝えられるのかなぁ、と考えました。

日本の初戦を担当するのは決まっていたので、徹底的にJ1の試合を観てから臨もう、という事で、毎節7試合くらい観ていたんですね。そして、せっかくの大舞台ですから、用意したコメントでいいから冒頭に何かを言いたいなと。

ところが、散々考えて1回紙に書いてみたら、かなりネガティブな内容になってしまって(笑)。代表に入って欲しいけど入らなかった選手もいる、という思いの方が強く出ちゃったんですね。でも、逆に考えれば、あの時選ばれていた選手たちに対し「君たちなら、もっとできるはずだろう」という思いがふつふつとこみ上げてきて。そういった期待や、入れなかった選手の想いも含めて、最終的に考えついたのが、あのフレーズでした。

南アフリカW杯初戦・日本対カメルーン戦のイントロダクション

「ドーハの悲劇でアジアの列強とのわずかな差を痛感し、
フランスのピッチで世界とはまだ距離があることを実感し、
自国開催の熱狂で世界と互角に渡れると錯覚し、
ドイツで味わった痛烈な敗北感。

私たちは4年ごとに世界と向き合い、
悔しさも喜びも糧にしながら、
右肩上がりに邁進してきました。

しかし、誤解を恐れずに言えば、
この数年の日本サッカー界と代表チームには、
幾ばくかの閉塞感が漂っています。

おそらく、今の閉塞感を打破する特効薬などありませんが、
それでもなお、これからピッチに立つ彼らが、
今できる最大限のことはあると信じます。

表面的に『一丸となって戦おう』と声を掛け合うよりも、
Jリーグの舞台で最も輝いている自分を存分に発揮してほしいと思います。
肩に力を入れて『世界を驚かしてやる』と宣言するよりも、
Jリーグで輝き、だからこそ海外のクラブが投資しようと感じた自分の魅力を
100%出し尽くしてほしいと思います。
それがすなわち一丸であり、それがすなわち全力です。

2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ。グループEの初戦。
日本にとっての4回目のW杯。
相手は『不屈のライオン』の異名をとるアフリカの雄、カメルーンです」

放送席に座って、そのコメントを読むか?それとも全く読まずに現場の空気を優先したアドリブで捌くか?本番の数分前まで悩みました。でも、代表戦の中継をフリーアナウンサーが務める事なんてめったにないし、自分なりに積んだものがあってこそのコメントなので、最終的には読もうと。

一応、隣のディレクターさんに「冒頭でイントロを詠みます。でも、かなり長いんでご了承を」と断りを入れてね(笑)。あのコメントは決してかっこつけて言ったものでもなく、そこまでの準備期間の積み上げから、にじみ出てきた言葉です。何かを伝えたいという想いがあって、今まで自分の目で見てきたものを文章化したら、ああなったという感じです。

伝えるものの背景を考えるということ

下田 どのスポーツの世界で働く人にも共通するのは、その競技を好きだということ。これは当たり前です。人によって濃度は異なりますが、徹底的に好きであってほしいです。スポーツメディアはライターやディレクターなど、いろいろな職種がありますが、アナウンサーは音声を通して最前線で、物事をリアルタイムに伝える存在です。その背後には選手の家族や親族が必ずいて、そう考えると軽はずみな中継はできないですし、それはアマチュアスポーツでも変わりません。

チャンピオンズリーグの決勝であろうと、大学バレーの1試合であろうと熱量は同じでなきゃダメです。例えば、大学バレーなら、選手の晴れ舞台が中継されることを楽しみにしている家族、親族もいる訳ですから。その人たちにも『良い中継だった』と思わせられるかどうかが重要です。

実況する側の経験が少なかったからあまり質の高い中継になりませんでした、では済まない。コンテンツがプロかアマかによって熱量や質が変わっても駄目ですし、送出されるメディアが地上波かCSかによって熱量や質が変わってもダメです。そういった背景を考えた上で仕事ができる人が、実況の世界ではより信頼されるんじゃないのかなと思います。

下田恒幸(しもだ・つねゆき)
1967年8月18日、東京都・町田市出身のフリーアナウンサー。慶應義塾大学経済部卒業。仙台放送で15年勤務した後、2005年に独立。FIFAワールドカップ、UEFAチャンピオンズリーグ決勝など数々の大舞台での実況を任されるなど、多くの信頼を獲得している。

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