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「えとみほ」は、なぜ栃木SCに入社したのか? 橋本大輔社長が語る秘話

カテゴリが上がれば給与が上がるわけではない

——ちなみに気になるのですが、給与の話はどのタイミングでしたのですか?

橋本:最後のほうですね。失礼で言えないなと思っていて。

えとみほ:オファーが来た時に、すごくいろいろな説明を1時間くらいされたのですが、たぶん言いづらいんだろうなと(笑)。

橋本:応募はして頂いたんですが、クラブとしてもお願いしたいということで最後は東京に出向いて、話をさせてもらいました。

——えとみほさんの中では金銭面というよりは、やりがいがメインだったんですよね。

えとみほ:あんまり「お金は関係ない」っていうと給料上がらなくなっちゃうのであれですけど(笑)、第一条件ではないですね。

——気になるのですが、J1に上がればスタッフの給与も上がるのでしょうか?

橋本:そこはカテゴリーではなく、業績だと思うので。もちろん昇格してカテゴリーが上がれば売上も業績も上がる可能性はあります。『昇格したから給与が莫大に上がるのではないか』という話も年末に社内で出回ったのですが、そうではないという説明をして、社員も理解をしてくれました。

逆に言うと、「降格したからといって、あなたの給与は下がっていないよね」と。できるだけ社員の給与は昇降格に左右されないように運営したいという考えはあります。

えとみほ:サッカークラブの経営で難しいのは、強くなったら強くなったで、トップチームに多額の投資しないといけないんです。そうすると、フロントスタッフの給与を上げるのも容易ではないんですね。

橋本:正直、降格したら少し業績が悪くなる可能性があるということは2016年に感じました。初めてのカテゴリーで、どれくらいお客さんが来るのかも開幕前は分からなかったですし、1,000人くらいは減ると言われていたので。その中で2年やってみて思ったのが、トップチームに投資をする人材が重要だなと。

投資する側もフロントが冷静にビジネスを分かっていて、成績だけでなく、これくらいまで収益が上がるというのを分かる人がいなければいけない。

そういう人がいないと、お金を無駄に使ってしまう可能性があると思ったんです。そういう意味でいうと、江藤がいることによって、僕の仕事はかなり楽になりました。

橋本大輔氏、江藤美帆氏

IT化が進んでいないJクラブの現状

——えとみほさんは、Jクラブでこういうことができるだろうと思っていた部分と実際にやってみて、ギャップはありましたか?また、一企業の代表からクラブスタッフになってのギャップもありますか?

えとみほ:なんとなく想像していた通りだなと。ただ、思ったよりもIT化されていないとは感じました。私の前職が渋谷のスタートアップで、日本の中でもかなりIT化の進んだところにいたので、比べたら遅れているのは当たり前なんですけど。地方の会社の中でも少し遅れているところもあるなと。

うちだけかと思ったんですが、いろいろなクラブに聞いてみても、スポーツ系のところはIT化が後回しになっているところが少なくないみたいです。あるJ1クラブのスタッフの方に聞いた話では、チャットツールを入れようとしたら全力で阻止されたこともあった、と。

橋本:そういった社内のインフラをどんどん整備してほしいとも思っています。

えとみほ:Slackを入れて、サイボウズにサプライしてもらって、サイボウズでいろいろな共有を行っています。

橋本:僕も入った時に、カレンダー共有やメーラーをGoogleにしようと言った時に、すごく拒否されてしまったんです。それもあって、当時はここはハレーションを起こすよりも、まずは我慢して昇格する為にもフロント内を同じ方向を向かせるほうが優先だと考えを切り替えました。

今は江藤に入社してもらってかなりのスピードで変化を起こしてくれるので、すごく助かっています。

えとみほ:入社したときに気になったのは、メールの多さです。よく見ると半分以上が社内の連絡や日報で。だから、Slackを入れてなるべくメールをなくそうと考えました。メールって、社内でも「お疲れ様です」とか無駄な挨拶入れないといけないので。

Slackはもうみんな使いこなしてますね。あとは採用にWantedlyも使い始めました。

橋本:もう言われるがままですよ(笑)。『Wantedlyに登録してください』と言われて、「はい!」と。

えとみほ:誰もWantedlyを知らなかったですからね。IT業界では知らない人いないと思うんですが。特に何も説明せずに、とりあえず登録して、応援して!と(笑)。

橋本:こういう行動はすぐに成果が出なくても、必ず何か出てくると思うんです。今後、もしITに強い人が入ってきた時に、こういうことをやれている会社なんだと思ってもらえるかもしれないですから。マーケティングだけでなくインフラのところも整備されていっていますね。

——Wantedlyはリクナビやマイナビとは違うユーザーが居るので、新たな人材の獲得に繋がりそうです。

えとみほ:スポーツ業界は採用が独特だと思っています。あまり公募をしないし、いろいろな人にどうやって入ったのかを聞いたら、インターンを数年続けていた中でポストが生まれて社員に昇格するというような。ほとんど縁故で、他クラブから引っ張ることもわりとあるみたいですよね。

公募することの良い点は、色々な業界の人が『自分も入れるかもしれない』と思って門を叩いてくれること。給与面で合わない可能性もありますけど、それも来てもらわないと分からないですし。

そもそもなぜ公募をしないのかと思っていたのですが、一つ思うのは、採用に労力をかけなくて良い業界なんですよね。やりたいと思っている人は山ほどいるし、とりあえずやりたい人は集まる。だから、ホームページに出しておくだけでも良い、という発想ですね。

橋本:募集をした時はリクナビで出したんですけど、リクナビに広告を出すことには反対されたんですよね。クラブの公式サイトに出すだけでそれなりに数は来るので、そこから選べば良いという発想なんだと思います。

できるだけ支出を抑えようという使命感で言ってくれたと思うんですが、僕はとにかく違う業界から欲しいから、リクナビも出したいと、少し強引にやりました。結果としてそこに出して良かったと思います。クラブの公式サイトに出しても、サッカー好きしか来ないんですよね。

えとみほ:クラブの公式サイトを見てるのは、基本サポーターだけですからね。

——サポーターはクラブスタッフにならないほうが良いのでは、とも思うことがあります。

えとみほ:それは職種によると思います。たとえば広報やマーケはクラブの歴史や選手のことを知っていたほうが良い職種ですし、サポーターだった人が中にいた方が良いと思います。ただ、クラブ愛が強いだけの人ばかりでも難しいのかな、と。

——即戦力の選手を獲得することも重要ですが、例えば営業成績が優秀なクラブスタッフに投資したほうが良い面もあるのかなと。そこについてはいかがでしょう?

橋本:それはクラブの方針によると思うので。僕も3年目で手探りなところはあるのですが、これ以上チームを強くするためには、業績を伸ばしてくれる人がいないと無理だなとは感じます。

サッカーは野球と違って昇降格があるのが大きいんです。降格がなければ、5カ年計画の作り方も変わってくる。野球はシーズン終盤で最下位でも、面白い企画を打てばお客さんは来てくれることもあります。

ただ、降格があると変わってくると思います。やはり僕もどこかで「降格してしまうかも」という危機感は常に持っていますし、降格がなく、興業・産業として徹底しているほうが伸びていくとは思います。

えとみほ:降格がなければ、もっと面白いサッカーができる部分もあると思います。私はJ3もよく観ているのですが、J3のほうが降格がない分、アグレッシブなサッカーをしているなと思います。

サッカーに興味のない層にどう発信するか

——栃木のスポーツの盛り上がりはいかがですか?

えとみほ:宇都宮市だけで50万人以上もいるので、ホームタウンの規模としてそれは十分すぎますよね。ただ、そのわりに認知が低いというのは感じています。サポーターも固定化している印象があり、新規の人にどう広めるかというのは常々考えています。少し聞いてみたら、栃木には他県からの流入が多いみたいです。

橋本:栃木は二次産業がすごく盛んなので、大手の工場があると外からも来ますね。

えとみほ:現状のスタジアムのアクセスを考えると、中高生がふらっと来るような環境ではないんですよね。工業団地で、公共のアクセス手段がないので、中高生に無料招待をかけるだけでなく、バスも無料にしてそこをPRするということも大事かなと。

ターゲットのユーザーになりきって「カスタマージャーニー」を組み立てていかないといけないと思っています。

女性に関しては、よく言われるのは屋根がないことです。サッカーを観に行かない友だちに聞くと、夏の時期に3時間日傘もさせないのは絶対無理だとか、ありえないとか言うんですよ。これは男性にはない視点ですね。

栃木県グリーンスタジアム

写真提供:栃木SC

——屋根がなくて雨でも来る人は本当に好きだから来ているので、天候に関係なく来るという部分はあるのかなと。

橋本:本当に新規の人は、屋根があっても雨だったら来ないと思います。スタジアムに行ったことがないので、自分がどういう状態に晒されるのか分からないですから。

えとみほ:そうなんですけど、連れていくほうとしては、雨の日に初観戦の人を連れて行くのはためらっちゃいますね。前に三ツ沢かどこかで付き合いたてみたいなカップルが雨の日に来ていて、女の子の靴がもうぐちゃぐちゃになってて、ものすごく気まずい感じで帰っていったのを覚えています(笑)。

スコアレスドローで、熱心なサポーターからしたら「よっしゃ、勝ち点1!」っていう感じだったと思うんですが、初観戦じゃそれも分からないですよね。「点入んなかった、つまんなかった」で終わってしまう。下手すると「二度と行きたくない」ってなりかねませんよね。

——その中で新規の方にアプローチするには、どうすれば良いと思いますか?

えとみほ:やっぱり10〜20代くらいがターゲットならSNSは外せないな、と。ただ、SNSって意外に新規獲得には向いてない側面もあるんですよ。

以前、Milieu(ミリュー)というメディアを運営している塩谷舞さんが、AKB総選挙の話をしていたんです。AKBの子が、『ファンの人たちがこんなに一生懸命応援してくれているのに、それが一般の人に伝わっていない。『自分たちのせいで先輩たちが作ったAKBを盛り上げられなくてごめんなさい』というようなことを言っていた、と。

でもそれは彼女たちのせいではなくて、SNS社会がそうしているんだ、ということを塩谷さんが言っていたんです。なぜかというと、ファンの人たちは専用アカウントを作るわけですよ。その中ですごく濃い話で盛り上がるんですけど、一般の人はフォローしていないので、その熱は広がっていかないと。

[参考]

書きました!!

最近考えていることをギュッと。アイドルの話から、SNSでの熱狂、そして知識の分断、教育の話まで色々詰め込んじゃいました…!

アイドルたちが「先輩に謝罪」する総選挙を見て、マスメディアとSNSの未来を思う @note_PR #記憶に残るWebメディアの作り方

— 塩谷 舞(milieu編集長) (@ciotan) 2018年6月18日

これはJリーグでも同じなんですよね。ほとんどの人はサッカーの話を「サッカー専用アカウント」でしてるんです。そうなるといくらSNSで「試合が面白かった」「グルメがおいしかった」っていうツイートをしてもまったく新規の層には広がっていかないんです。

そういった意味で、私はやはりハブとなるインフルエンサーの存在は重要だと思います。いかに、あまりサッカーに興味なさそうな人たちにサッカー観戦の楽しさを投稿してもらうかが大事じゃないかと。

ただサッカーって、素人の人が口出ししにくい空気があるというか、不用意に間違ったことを言うと総ツッコミ食らうようなところもあるんで、そこはどうにかしたいですね。

——率直に伺いたいのですが、橋本社長はえとみほさんを採用するにあたって、不安に思ったことなどはありました?

橋本:僕はあまりSNSはやらないので、フォロワーの数とかは見ていなくて、ただ単に社長だというのと、googleで検索をしようと“えとみほ”と打つと“炎上“が予測変換で出てくるなっていうくらいですかね(笑)。

ただ、履歴書を見る限りは勝ち方を知っている会社で経験を積んできていると思ったので。そういう意味では僕に経験がない分、勝ち方を勉強できると感じたので「すごい人が来た」と思いました。

とにかく僕の仕事は、キャスティングと活躍してもらう環境を作ること。その中で業績を残してもらって、どんどん給与も上げていきたいと思うタイプなので。活躍してくれれば会社としてはありがたいですし、そこにやりがいを感じて、幸せになってくれれば良いなと。

正直、あまりやりやすい人とだけ組むのは好きではないというか。扱うのが難しそうな人が何人かいたほうが、化学反応は起こりやすいのかなと思います。僕もまだまだ何も分からないですけど、基本的にはどんどん自分の強みを生かしてもらいたいと思います。

えとみほ:今までの業界であれば自分が全責任を負って好きにできましたけど、地域のサッカークラブは異なる利害関係を持った方々がたくさん関与されているので、各方面に配慮しながらというか、わからないことは相談をしながら進めているところはあります。

——一度、アカウントを間違えてツイートしてしまった時がありましたね。

[参考]

大変申し訳ございません🙇🙇🙇 犯人は私です…

公式アカウントにおける誤った投稿について|栃木サッカークラブ公式サイト【栃木SC】

— えとみほ (@etomiho) 2018年6月6日

えとみほ:あの時もすぐに相談をして、公式のほうでは即座に謝罪をして、個人のアカウントでも謝罪をしようかと思ったんですけど、社長が「なんで江藤さんが謝罪するの?」って感じだったので、私なりの考えを説明しました。

そうしたら「うちの会社のバリューに従ったら、オープンで誠実であるべきだと思うので、正直に話しましょう」と。私が謝ることを許可してくださったんですね。

その前に、別の運用担当者がが選手がバスから出てくる動画を上げた時に、うちのキャッチコピーが #全員戦力 なんですけど、間違えて #全員戦力外 と付けてしまった事件があったんです。

それがかなり広まってしまった後に、私がこういうミスをしてしまったので。立て続けだったので黙ってるのもどうなのかな、と。

橋本:(ハッシュタグを間違えたときは)天皇杯で徳島にいて、サポーターと選手のバス待ちのところで話をしていたんですけど、「社長、これどうしたの?間違えてるっぽいですよ」と言われて、広報と連絡を取り合って対応していましたね(笑)。

次の試合で #間違いなく全員戦力 というハッシュタグにしたら、機転が効いているということで、ある大学からこれを事例として取り扱いたいと言われました。もちろんあってはならないことなんですが、起こってしまったものはしょうがないので。どういうふうにリカバリーするかを考えました。

——最後になりますが栃木SCを今後どう変えていきたいか、また読者の層にはJクラブで働きたいと思っている方も多いので、どういう人材がこの世界に向いているかを教えてください。

橋本:とにかく、栃木SCがあって良かったと思えるクラブにしていきたいです。それはサッカーだけでなく、スポンサーをやっていて良かったと思ってもらえるようにどうしていくかとか、お年寄りの方に体操教室をやっているのですが、それも栃木SCもサッカーも知らないような人を対象にしていて。

ただ、街で応募していたからという理由でそれを始めただけでも、栃木SCがやることによって、地域との接点が生まれていく。なので、とにかく接点を増やしていきたいなと。そうすれば『栃木SCがあって良かった』と思ってもらえて、気にかけてくれると思うので。そこからスタジアムにも来てもらいたいですね。

そういった循環を作っていきたいですし、それはJ1に行こうが、どのステージでも終わることはない永遠のテーマだと思います。こういうことを続けていく先にJ1の舞台や、スタジアムに1万人が足を運んできてくれるという世界があると思っているので。まずはそこをベースにクラブを成長させていきたいと思います。

ビジネス的にいえば業績も上げていきたいですし、栃木SCは面白いぞ!という部分を出していきたいです。その中で業種は関係なく、自分の持っている経験や技術が、市民クラブには役に立つと思っている人がいれば、どんどんチャレンジしていってもらいたいと思います。

えとみほ:やりたいこと、やるべきことはすごくいっぱいあります。ひとまずやりたいのは、サッカービジネスを経済合理性のある「普通の商売」にすることです。

今までのサッカーのビジネスは、地域の方々の善意に支えられてやってきたところはあると思うんです。スポンサーにお金を出してくださいというのも、寄付を募っているような感覚で、ビジネスとして成り立っていなかったと感じます。

なので、もっとクラブそのものの価値を上げて、『栃木SCにお金を出すことで得られるものがある』と思ってもらえるように商品設計をしていきたいなと。もっともっと魅力的なクラブにしていきたいです。

もちろん興業の部分はまだまだ改善できますし、プラスアルファで新規事業ではないですけど、本業に近しいところでお金が稼げるような事業を立ち上げるとかも良いのかなと。将来的にはいろいろなところをやっていきたいと思います。

この業界に入ってみて感じるのは、かなりやりがいのある仕事だなと思うんです。この前、ガイナーレ鳥取の高島さん()と話をしたのですが、スタートアップが好きな人や、やっていた人にとっては、かなり面白い仕事だと。

なぜなら、やろうとしたことがだいたいできないことなんですよ。外から見てサポーターはこうすれば良いのにと思いますけど、入ってみると何らかの事情があってそれができない。

でも、スタートアップの人間はそれが大好きで、“できないからどうにかしてやろう”ということに生きがいを感じるので、そういうマインドの人がたくさん業界にが入ってきてくれたらなと思います。思いついたことがスムーズに実現するのであればとっくに誰かがやっていますからね(笑)。

橋本:そういう人が入ってきてガツガツやってくれて、僕が何かあったら謝りに行くくらいの感じだったら面白いと思います。「お前それだめだと言ったじゃん!」と伝えてももう交渉が始まっていて。それで僕がしぶしぶ謝りに行くとか(笑)。この世界にはいろいろな業界の人に来てもらって、働いてほしいと思いますね。

江藤美帆氏、橋本大輔氏

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