元千葉ロッテ社長・山室晋也が進める清水エスパルスの改革

2020年1月、明治安田生命J1リーグ所属の清水エスパルスを運営する株式会社エスパルスの代表取締役社長に山室晋也(やまむろ・しんや)氏が就任しました。山室社長は、かつてプロ野球・千葉ロッテマリーンズの社長も務め、赤字が続いていた球団を立て直した敏腕経営者です。

スポーツとは無縁、優秀な成績を残していた銀行マンが、なぜスポーツ業界へ飛び込んだのか。金融業界からスポーツ業界、野球からサッカーへ。新天地で挑戦を続ける山室社長に清水エスパルスでの取り組みを伺いました。

「エキサイティングな仕事がしたい」

ーまずは清水エスパルスの社長に就任するまでの経歴を教えていただけますか?

山室:大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)へ入社し、国内の法人営業を中心に業務にあたりました。重要なポストも任されるようになり、30年以上勤務しましたが、私自身は「もっと火中の栗を拾うような、エキサイティングな仕事がしたい」と思っていました。

ある時、知人を通じて千葉ロッテマリーンズのオーナーとお話する機会をいただいたんです。そこで「球団の収支が悪すぎるからなんとかしてくれ」と。

当初は、断るつもりでした。僕自身、あまり野球に興味はありませんでしたし(笑)。そんな自分がプロ野球に行っても面白くないだろうと。加えて、日本のスポーツ業界は未成熟で赤字が当たり前。ビジネスの基礎すらなっていないのでは、と不安も感じていました。

ある日、息子に「千葉ロッテから話が来ているけど、断ろうと思っている」と話したんです。すると息子は「バカじゃないの」と。「プロ野球に関わりたい人がたくさんいるのに、こんな機会をふいにするのはもったいない」と説得され、千葉ロッテに行くことを決断しました。

球団で仕事を始めてからは、驚きの連続でした。自分たちの強みを分析できていなかったり、マネタイズの意識が徹底されていなかったり、一般企業では当たり前のことがなっておらず、予想していた通りビジネスとして未完成。カルチャーショックがかなりありました。

それでも頭は柔らかいほうなのですぐに適応でき、5年ほどで収支の黒字化を達成。一区切りとして千葉ロッテを去るタイミングで、清水エスパルスからお声掛けいただき、スポーツ業界で引き続き仕事をする形になりました。

ー清水エスパルスに来て最初はどのような印象を受けましたか?

山室:ビジネス規模が小さいのにも関わらず、マネタイズが徹底できていない。細部の詰めが甘い印象ですね。

プロスポーツなのであれば、ビジネスマンもプロであるべきだと思うのですが、日本人はスポーツとお金儲けを結びつけることに違和感を覚える人が多いんです。プロ野球はエンタメ化が進み、変化しつつありますが、Jリーグはマネタイズの意識がまだまだ低いと感じました。

一方で、広報による情報発信は工夫されていたと思います。静岡のローカルメディアが必ずエスパルスを取り上げてくれるのも大きいですね。千葉ロッテ時代はどうやってメディアに取り上げもらうか四苦八苦していたので、当時の自分からするとよだれが出るほど羨ましかった状況を今は経験できています(笑)。

クラブの発展に欠かせない、新たなファンの獲得

ー本拠地の違いでいうと、スタジアムへのアクセス問題がありますよね。

山室:おっしゃるとおりです。アイスタ(IAIスタジアム日本平)は球技専用スタジアムで、ピッチと観客席の距離が近いのが魅力。その反面アクセスが悪く、屋根も無い。設備はどれも古くてトイレは和式ばかり。悩みを挙げればキリがありません。

千葉ロッテ時代もアクセスの悪さに悩まされていましたが、エスパルスに来て、ZOZOマリンスタジアムがどれだけ恵まれた環境だったか気づかされました。

ーそんな中、2021年4月にはエスパルスがアイスタの指定管理者となりました。これにより得られるメリットは?

山室:何より、アイスタはエスパルスサポーターにとっての聖地。サポーターの心を揺さぶる装飾で、スタジアムをエスパルス色に染め上げたい。そのためには指定管理者となりスタジアムでの自由度を拡大する必要がありました。

次に費用削減。試合後に看板を撤去する必要がないので、何十万というコストを削減することができます。加えて、アイスタを活用したビジネスの幅が広がります。サッカーだけではなく、ラグビーなど他スポーツ競技の誘致やコンサート、グルメイベントなど露出機会を増やせます。パートナー企業に対して効果的なセールスを展開できると考えています。

指定管理者の権利を獲得するにあたっては、従来の形態を大幅に変えていくわけですから、もちろん軋轢は生じました。静岡の方には、外部からとんでもない奴が来たと思われているはずです。ただ、逆風を受けたとしても、成果を残して信頼を得るしかありません。周囲の反応によって自分の姿勢を変えるのではなく、結果を出すために強気の姿勢は貫いていきたいと思います。



IAIスタジアム日本平

ープロ野球とJリーグで違いを感じる部分はありますか?

山室:昇格降格制度の影響は大きいですね。特に降格は経営環境をガラッと変えてしまう死活問題です。残留争いの最終局面では、何よりも強化費を拡大して結果に繋げる必要があるので、非常に難しい企業経営を強いられます。

企業経営において、僕に求められているのは中長期的な役割。クラブを発展させるために、まず安定した収益をあげて投資に回し、確固たる収益基盤を作り上げることが必要です。

確固たる経営基盤を作るとは、ファンの数を増やすこと。常にリーグで1桁順位を維持し、最低でも3年に1度は優勝争いができるチームであれば安定した収益を確保できますが、今のエスパルスの成績ではそういうわけにもいきません。

ではどこで上位クラブとの差を埋めるのか。それは育成部門です。静岡だけでなく日本全国から優秀な選手をユースに集め、将来トップチームで活躍できる選手を育て上げる。

静岡、清水はサッカーどころですし、サッカーが地域に根付いていますから、地元の人が愛情をもってエスパルスを応援してくれる。地元意識が強いので、エスパルスで育った選手が活躍することによって、自然とファンは増えるはずです。他クラブから選手を獲得するよりも低コストでありながら、経営面でも好循環のきっかけとなりうる選手育成には、時間はかけてでも力を入れるべきだと考えています。

ー収益基盤を固めるためにも新規ファンの獲得が重要なのですね。

山室:特に若年層のファンを増やしたいですね。ファンクラブの年齢分布を見ると、Jリーグ開幕当時からエスパルスを応援している40代前後の方が大半で、若者が少ないんです。5年後、10年後を見据えると、若年層へのアプローチは必須。少しでもエスパルスに興味がある人にスタジアムに来てもらうための施策を打ち出していこうと考えています。

今シーズンは、清水港マグロまつりとコラボした『まぐろデー』や、来場者全員にTシャツを配布した『ブラジルデー』など、サッカーをあまり知らない人にも楽しんでもらえる企画を行ないました。



マグロデーの様子



ブラジルデーの様子

そして静岡県教育委員会と協力して実施した『静岡県小学生限定親子招待企画』。これがすごく好評でした。将来ファンになり得る子どもたちに、多くスタジアムに足を運んでもらうきっかけになりますし、先に述べたイベントとかけ合わせることで、よりエスパルスを好きになってもらえると思います。

これらの企画のなかには、社内の若いスタッフが考案したものもあります。ターゲットの年齢に近いスタッフが良いと思って出してくれたアイデアなので、僕はそれを後押しするだけ。若年層やライト層をターゲットにした施策は今後も継続して拡充させていきたいですし、古参のサポーターの方にも協力していただきたいです。

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