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玉川裕康「セイムマシン、セイムストリンガー」_ CROSS DOCUMENTARYテキスト版

UPDATE 2021/11/10

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鳥取県鳥取市内の小さなテニスショップ。慣れた手つきで、ラケットにガットを張る男の姿があった。この店の主であり、錦織圭や大阪なおみから絶大な信頼を寄せられるストリンガー(ガット張り職人)である、玉川裕康、その人だ。

彼は今、2年ぶりに開催される全日本選手権を、間近に控えている。玉川の手腕が、幾人ものトップ選手の命運を握っているのだ。想像をはるかに超える<感覚の世界>を、間もなく知る――。

玉川はプロやアマチュアのプレーヤーを相手に、これまで5万本を越えるラケットをストリンギング(ガット張り)してきた。1ポンド(約450g)テンションが変わるだけでも、ラケットの性能に大きな影響を与える世界。そこで彼は、糸の素材、太さ、そして重さも綿密に計算し、ラケットの大きさによって、微妙に張り具合を調整しているという。

さらには、外すことができない大前提もある。

「僕らの世界にはセイムマシン、セイムストリンガーという言葉があります。同じマシンで、同じ人間がストリンギングしなければ、同じ仕上がりにはならないんです」

加えて玉川は、プレーヤーと綿密なコミュニケーションをとり、要望を聞き出し、それを100%ストリンギングに反映する。これが、世界トップクラスの選手からも絶大な信頼を集める由縁だ。しかも玉川には、プロとアマチュアを差別化する概念がない。

「店に来てくれるお客さんのほうが悩みや望みが多いので、ストリンガーとして勉強になることが多いですね」

一度張り上げたら、2か月はテンションを保つという玉川のストリンギング。だからこの小さな店に、近隣の兵庫や岡山から、わざわざラケットを持ち込む客もいる。

玉川裕康は1976年、鳥取市生まれ。大学生までは、プレーヤーとしてボールを追いかける日々を送っていた。

すべての始まりは、大学テニス部の部室にストリングマシーンがあったことだ。

戯れに自分のラケットでストリンギングをしてみた。思いのほか、出来がいい。ほどなくテニス部仲間のガットも張るようになっていた。

4年生となったあるとき、地元・鳥取開催の大会でストリンガーを務める機会を得た。ここで改めてストリンギングの奥深さを知り、自分の進むべき道が見えたという。

玉川の真面目な仕事ぶりと熱意は徐々に評判となり、現在も所属するヨネックス・ストリンガーチームから声をかけられた。そして2008年、北京オリンピックの公式ストリンガーチームの一員として、初めてオリンピックに参加する。

彼の手腕は瞬く間に広く周知され、以後、今年の東京オリンピックまで4大会連続でオリンピックでのストリンギングを任されている。

「最高の自己満足ですよ」

思い出すだけで玉川が思わずにやけてしまうのは、2016年のリオデジャネイロオリンピック、錦織圭の歴史的勝利だ。

玉川は試合中でもガットの張り替えを求めてくる錦織のために、いつ要請がかかってもいいよう、スタッフルームで待機していた。

日本テニス界96年ぶりのメダル(銅)獲得の瞬間は、モニター越しに見届けた。それでも玉川の体は感動で震える。自分がストリンギングしたラケットで、歴史的快挙が成し遂げられたのだ。その日の錦織と一緒に写った写真は、生涯の宝物だ。

名ストリンガーとして、世界を股にかけて活動する玉川裕康。彼の鳥取での日常をのぞいてみよう。

日本ラケットストリンガー協会の理事も務めている玉川。常に業界全体の発展も考えている。その日は、自分の店からオンラインセミナーを開催していた。

全国から60名ほどの会員が参加する中、講師に中村理事長を招いてラケットの重さとバランスについての講義を行う。

少しでもストリンギングの奥深さとやりがいを伝えること。誰かがやらなければならない。玉川は自ら手を挙げ、オンラインに使うカメラや機材のすべてを自費でそろえた。こうした活動が玉川の後に続く、次世代のストリンガーたちを育んでいくことを願ってやまない。

セミナーの後、自転車で滑走する玉川の姿があった。サイクリングはストリンガー仲間に誘われて始めた、最近の趣味だ。

大会ともなれば朝から晩まで続くストリンギングは、想像以上の重労働。最初は体力維持のためだけにペダルをこいだが、今は違う。

この日は地元に住みながら、なかなか訪れる機会がなかった鳥取砂丘まで足を運ぶ。

「店を始めてから15年、運動らしい運動をしてこなかったから、すごくいいきっかけになりました。美しい風景にもいやされて、心と体が元気になっていきます」

広大な砂丘の真ん中に立ち、体いっぱいに、明日への英気を養った。

2021年10月30日。兵庫県三木市で開催された、全日本テニス選手権大会。朝から会場のヨネックスブースには、玉川の姿があった。

続々と出場選手からのストリング依頼が入り、その一つひとつに丁寧かつ迅速に対応する。

「縦が46(ポンド)で、横が43でお願いします」

選手から明確な指定があれば、比較的作業は楽だ。しかし、トップ選手の極めて感覚的で微妙な依頼は時間に余裕がないだけに、玉川ですら緊張が走る。

現役最年長世界ランカー、43歳の松井俊英選手はその一人。毎回、細かな調整を要求してくる。数値的には同じラケットでも、張りたての状態と少し時間を置いたものでは微妙に感覚が違うのだという。

「時間を置いたものから、さらに1ポンド、テンションを下げてください」

よく考えれば、基準が曖昧なことが分かる。こんなときは玉川の感覚と松井選手の感覚、この2つがうまく擦り合わせられるかが勝負だ。お互いの信頼関係も無縁ではない。

玉川は、すぐに作業に取り掛かった。幸いなことに、松井選手とは長年の付き合い。彼の好みは知り尽くしている。腕の見せどころだ。

「(期待に)応えたいですね」

両の手が精密機械のように、素早く、そして正確に動き続ける。わずか15分ほどで、松井選手の要望通りに、ガットが張り上がった。

「(玉川さんのことは)信頼できます。僕のプレーを生かすも殺すも、ストリングの張りやストリングの種類なので、玉川さんには、それを委ねられるんです」

その傍らで、玉川が何事もなかったかのように、次の作業の手を進めていた。

試合中の選手から、緊急のストリング依頼が入った。本来なら玉川が担当すべきだが、別のストリンギングの真っただ中。

<セイムマシン、セイムストリンガー>

一度張り始めたガットは中断することなく、最後まで同じ人間が張らなければ台なしになってしまうのだ。

そこでヨネックスチーム、もう1人のストリンガーである川端隆史が、急ぎ作業を開始する。

試合は、待ったなしで進む。次のセットが始まる前には、選手に渡さなければならない。チーム力が問われる場面だ。

玉川が、自分の手は止めずに指示を送っていた。

コートチェンジによる休憩。依頼主の羽澤愼治選手が汗を拭っている。ラケットを渡すタイミングは、今しかない。ストリンギングは、最後の確認中。果たして、間に合うのか?

ガット面にロゴをプリントするや否や、スタッフがラケットを持って走り出す! 玉川たちが固唾を飲んで見守る中、羽澤選手の手にラケットが渡された。

ストリンガー・玉川裕康の仕事は決して派手ではなく、しかしプレッシャーは大きい。割が合わないと言われればそれまでだ。

だからこそ、彼の仕事への原動力とは何か、聞きたかった。

「大会がある限り、選手がいる限り、僕らの仕事は続いていきます。ストリンガーの仕事自体は大きく変わることはないけれど、選手は次々と入れ替わり、プレースタイルや好みも変わっていく。その変化に対応し、選手のリクエストに応えていくには日々勉強。結局それが楽しいんですよ」

玉川は、ストリンギングの世界にはゴールがないともいう。それならば、進化の限界もまた存在しないのだろう。

時を越えても玉川の手腕を求める選手がいる限り、彼のストリンギングは続いていく。

TEXT/小此木聡(放送作家)

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