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安藤梢「走り続ける研究者」_ CROSS DOCUMENTARYテキスト版

UPDATE 2021/09/24

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ゴールキーパーがシュートをはじいて、こぼれ球が一瞬宙を舞う。

彼女は、誰よりも早い反応で一歩目を踏み出し、そのボールにダイビングヘッドで体ごと飛び込んでいった!

2021年9月12日、日本初の女子プロサッカーリーグ<WEリーグ>が開幕した。その晴れの舞台に、スピードと運動量で若いプレーヤーをはるかに凌駕(りょうが)する、ベテランFWの姿を見た。浦和レッズレディース、背番号10、安藤梢。

安藤が「なでしこジャパン」のメンバーとして、ワールドカップを制してから10年、衰え知らずの身体能力は、彼女の現在の肩書きと無縁ではない。

母校でもある筑波大学の人間科学学術院、助教。研究者の観点からアスリートの能力向上の方法を導き出し、自ら被験者にもなって理論の証明に日々努めているのだ。日本女子サッカー界では他に類を見ない、現役プレーヤーと研究者の二刀流。彼女はその情熱が向かう先に、いったい何を見ているのだろうか?

「子供たちに、ああいう選手になりたいって、夢を与えられるように、そして女性スポーツに貢献できるような存在に私はなりたいんです」

ある日、筑波大学の安藤の研究室に案内されたとき、それが単なる理想語りではないことを知った。ここでは世界で戦えるトップアスリート育成のために研究チームを組み、さまざまなデータを分析、検証。時には企業と連携し、トレーニング法や商品の開発も行うのだという。無論、それはサッカーのみにとどまらず、例えばメジャーリーガーの大谷翔平選手も研究対象になっている。

「私自身が被験者になって、体感できるというのは、研究者としての大きな武器だと思っています」

そこには、現役サッカー選手としての、飽くなき向上心が見え隠れしていた。

3人姉弟の次女として生まれた安藤が、サッカーと出会ったのは幼稚園のころだ。小学校では男子チームに入って、ボールを追いかける。このころから夢は大きかった。

「ワールドカップで活躍し、世界一の選手になりたい」

そして16歳で日本代表初選出。このときのワールドカップ出場が大きな転機となった。

「世界を知って、厚い壁にぶち当たったなと。でも逆にこんなすごい世界があると知って、嬉しさもありました。夢を持つことができたんです」

その後、アスリートの身体をイチから学び、学生の身で浦和レッズレディースに入団。2009年、なでしこリーグ優勝に加えて得点王とMVPを獲得し、日本の頂点を極(きわ)めた。

安藤はそれに飽き足らず、常に世界レベルの中に身を置くことを選びドイツに渡る。その日々が実を結んだのは、2011年。誰もが知るワールドカップドイツ大会で、ついに世界一を成し遂げたのだ。

幼いころからの夢をかなえた安藤。実は彼女には、もう一つの夢があった。

「サッカーをやりながら、学校の先生になりたい!」

すでに二刀流の未来を思い描いていたのだろうか?

安藤は8年間のドイツでの生活を終え、浦和レッズと筑波大学に復帰する。そして今年3月、筑波大学の助教に就任。少々形は違うがプレーヤーと研究者、二刀流の未来を実現させたのである。

「日本の女子サッカーを科学的に引っ張っていて、39歳でまだまだトップリーグで活躍できる力を持っているところは、本当に見習っていきたいです」

浦和レッズレディースの練習の合間、一回り下の後輩、猶本光は語ってくれた。

猶本は安藤を『姉さん』と慕い、その背中を追いかけた一人だ。同じ筑波大学で学び、ドイツでのプレーも経験した。安藤の研究にも、率先して協力している。それが自らの力にもなることを、安藤から教えられたのだ。

浦和レッズレディース・楠瀬直木監督からの信頼も厚い。

「生活から何から彼女が見本になってくれているので、みんなが安心してプレーできている。安藤は宝物です」

事実、安藤の練習量はその質とともに、今も昔もチーム一だ。言葉でも行動でもチームに範を示している。

さらにいえば開幕を控えた【WEリーグ】の存在も、彼女を奮い立たせている。研究者として年齢を重ねても高いパフォーマンス力を発揮できるかどうかを、自らの肉体で証明するチャンスだからだ。そしてその成果は、後進の進む道をも切り開くことになる。二刀流アスリートの彼女が燃えないはずはない。

その日、安藤は練習場に最後の一人となっても、きついダッシュトレーニングを続けていた。

そして9月12日、日本初の女子プロサッカーリーグ、開幕戦。

安藤たち浦和レッズレディースの相手は、長年覇権を争ってきたライバルである東京ヴェルディベレーザ。背番号10の安藤は2トップの右で先発出場すると、試合序盤から果敢な攻撃でチームを引っ張る。ここぞという場面では、身体ごとゴールに向かっていった。

研究を重ね、鍛え上げたランニング技術で、何度も激しいスプリントを繰り返し、幾度も相手ディフェンダーを置き去りにした。

ベレーザに先制を許した後の後半11分には、ピンポイントクロスで同点ゴールをアシスト。このゴールで勢いをつけた浦和レッズレディースが、逆転勝利を収める。

プレーヤーと研究者の二刀流、安藤梢のサッカー史に新たな1ページが加わった。

「WEリーグは成功させたいんです、そのためにも自分たちがお客さんを魅了できるプレーをする責任を感じています」

安藤梢、39歳。彼女は、まだまだ走り続ける。研究すべきことも山積みだ。

TEXT/小此木聡(放送作家)

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