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アスリートに必要なのは「スルー力」。誹謗中傷されまくった元選手の提言

UPDATE 2021/08/08

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東京五輪の期間中、SNSで選手が誹謗中傷を浴びるケースがたびたび取り沙汰された。

これまでも、アスリートに心ない言葉を浴びせる事例はあった。今大会ではその流れが加速し、あまりの状況に選手や関係者がリアクションしているケースも目立つ。

なぜ、選手の晴れの舞台で、主役を貶める行為が起きるのか。そんな時、選手はどう対処すべきなのか。かつて、同じように誹謗中傷を浴び、苦しんだ経験を持つスプリントコーチ・秋本真吾氏は、東京五輪を取り巻く選手への誹謗中傷に、「辟易しているが、対策はある」と言う。

全ての競技者が知っておくべき、SNS時代のアスリート必見のメッセージをお届けする。

「批判」と「非難」を仕分けよう

──最近、オリンピアンたちがSNSでの誹謗中傷に言及することが多い傾向にあります。

秋本真吾(以下、秋本) 最初、選手に対して開催反対派の人間から「(五輪に)出るなよ!」という声が挙がり始めましたよね。僕からすると、それはスーパーナンセンスで、選手が全員、出場をボイコットするわけないじゃないですか。

アスリートからすると、五輪に人生を懸けて挑んでいることをまずは分かってほしい。プロ野球選手やプロサッカー選手は他にお金を稼ぐステージがありますけど、陸上や水泳などプロスポーツじゃない個人競技の選手は、五輪に出るか出ないかで人生が大きく変わる。「出るなよ」と言われても、「いやいや、逆のことを言われたらあなた出ないで済みますか」という話ですよね。

卓球の水谷(隼)さんの切り込みがきっかけになって話題が大きくなって、別に拾わなくていいのに記者がそれを拾いにいって、いろいろな選手が「実は私も(誹謗中傷を)受けているんですよ」という感じで取り上げられていると思うんです。

これは、いい傾向だとも思っていて、ここからバンバン取り締まりが始まっていくと思います。こういった問題が起きてはダメだという前提ですけど、誰かが亡くなったり、大きな被害が発生して課題解決に動いていくような感じになっている。要は、誰でも彼でもSNSで自由に発信していいという動きじゃなくなることが大事だと僕は考えています。

──リオ五輪の時もTwitterなどのSNSはすでにありましたが、誹謗中傷が顕在化したのは今大会からのようにも思えます。

秋本 選手に「オリンピックに出るんですか?」と言い放った一部の人がきっかけだと思います。サッカーや野球みたいに結果が出ない時に「何やってんだ!」と野次られるのと今回のケースとは別ものだなと。「コロナがこんなに酷い状況になっているのに本当に出るの?」というような、違う観点から選手は責められているのではないかと感じています。

──秋本さん自身も誹謗中傷の被害にあったことがあります。どんな気持ちでしたか?

秋本 僕は五輪でメダルを取るレベルではなかったので、試合で走れなくても「何やってんだよ!」と言われることはありませんでした。今ほどSNSも普及していなかったですしね。

引退後に「スプリントコーチ」という肩書きを名乗り始め、プロ選手や子どもを教えていました。その活動を発信したり、取り上げられたりした際に、「何をえらそうに」とか「結果が出てないおまえが何を言ってるんだ」と非難されるようになりました。

結局は「批判」と「非難」をどれだけ受け止められるか。僕のコーチングに対して「わかりづらい」とか「言い方が複雑」と言われたら「改善しよう」と思う。一方で、「きもい」「死ね」「おまえ誰だよ」と言われても修正しようがないので流しています。受け止める時は受け止めるよう、僕なりのアルゴリズムで自動的に線引きしています。

エゴサをやめよう。戦うな。

──心ない言葉を浴びせられ、メンタルに影響を及ぼす。このストレスは、SNSが普及する以前のアスリートにはなかったことだと思います。

秋本 アスリートが、どういう目的でSNSをやっているかが大事だと思います。例えば、フォロワーがゼロ人で「僕はこう思いました」と一方的な発信で完結するなら誹謗中傷の声は入ってこないはずです。

でも、そういう使い方の人はほとんどいないですよね。自分の理論や哲学を知ってもらうための発言だったり、誰かとつながり、情報を得て、評価や賞賛を得るためのものとして使っている。

以前であれば、評価の基準は結果を出すことだけだった。新聞やネットニュースに載らないと評価されなかったけど、今や個人の発信次第ではどこからでも、誰からでも評価される時代になっている。だから、「いいね!」やリツイートを全く見ないという選手はいません。

でも、情報を断つことも大事。例えば、競泳で金メダルを獲得した大橋(悠依)さんは「一切LINEとかを開かなかった」と。情報を遮断していたそうです。一方、抗議したり誹謗中傷を受けていると明かしたアスリートを含め、多くが見てしまっていた。見たい気持ちはわかりますが、それでメンタルが揺らぐのであれば開かないほうがいいでしょうね。

──「スルーしろ」と。

秋本 自分はいろいろ試したことがありますが、言い返したことで炎上してしまうパターンがすごく多い。それは、戦いに行ってしまっているから。アンチに対して言い返したい気持ちもすごくわかります。でも、俯瞰的に見た時に「それ、必要でした?」という話です。

例えば、大谷(翔平)選手も死ぬほど言われていると思います。でも、アクションを起こさないから、アンチの声が世の中に出ない。スルーしてしまえば「アンチなんていない」というイメージになる。僕も戦いに行ったことがありますが、突っかかってくる人がいっぱいいたので、アンチやネガティブコメントは完全スルーがいいと感じました。

──アンチを受け流す力はもはやスキル。でも、一気に知名度が上がったような人は特に、非難を浴びる耐性がないですよね。対処法はありますか?

秋本 全員から好かれようとか、全員が自分のファンだと思わないことですね。人は価値観が違うので、応援する人もいれば、全く興味のない人もいる。僕はそういうスタンスです。

自分の場合、「足を速くするのはすごく大事ですよね。なぜみなさんやらないんですか?」と訴えるのは、超エゴ。僕はいいことをしていると思っていますし、世の中を変えたいですが、お金を払うかどうかは人それぞれ。

BTSのファンが、そうではない人に対して「なんでBTSの音楽をいいと思わないの?」と言ってるのと同じ。全員に好かれようとしている、賞賛されようとしている感覚が強いアスリートが多い気がします。

それに対してファイティングポーズを取ってはダメ。体操の村上(茉愛)さんの「五輪を反対している人がいるのも知っている。そういう人を見返したい」は言わなくてもいいこと。水谷さんも「僕からするとノーダメージです」とか言わなくていい。ただ自分の競技のためにやってほしい。なぜそこでファイティングポーズを取ってしまうのか。

──村上さんは、誹謗中傷のコメントを見つけて嫌な気持ちになったそうです。

秋本 エゴサ(エゴサーチ)をやめたほうがいい。SNS世代の若者に「SNSをするな」というのは酷だと思います。もし、SNSもしたい、でも雑音は省きたいというなら、自分の基準を明確にしたほうがいい。世間からどう見られた時に、自分はどう思うか。僕は、アンチはいると思っていますし、むしろ「もっとアンチを増やさないとダメ」と思うこともある。

──でも、そのアンチと戦ってはいけない。

秋本 はい、まずはリングに上がらないこと。夫婦円満の秘訣と同じで、戦わないことが大事です(笑)。アンチは自分のフィールドでマウントを取ってこようとするんです。そこで、「聞いてよ。こんなことアンチに言われたよ!」と被せて晒すのは完全にNGです。

応援する人のほうが、100倍多いよ

──要点をまとめると、スルーは仕分けする。アンチはいるもの、と。

秋本 そう。アンチは絶対にいるんです。価値観はみんな違うので。もちろん、思っているだけで言わない人もいますし、とりあえずコメントする人もいる。ですがトータルで見たら「100%あなたのことを応援する人の数の方が多いですよ」と言いたいです。

──SNSの怖いところは、100人が応援していても、1人のネガティブな声のほうが刺さってしまう。母数が多ければ、その声も1人や2人で済む話ではない……。

秋本 例えば、瀬戸(大也)選手のように世間的にいけないことをしてしまった場合、たたかれても仕方がないですよね。

僕は『スパイダーマン』のベンおじさんが言った「大いなる力には大いなる責任が伴う」というセリフがすごく好きなんですが、無名の人が不倫してもメディアに報じられないですよね。

“有名税”というか、瀬戸選手を見て「水泳を始めよう」とか、「頑張ろう」と思う人がいる。責任が伴うからこそ、彼が悪い。でも、メダルを取れなかったことに対して「何やってんだ」は違うと思います。その人の努力してきた結果に対して他人がどうこう言うべきではないというのが僕の意見です。

──一般人が、結果について言及しますが、それも言わないほうがいいと。

秋本 いえ、例えばサッカーでも、結果が出なくて「なんであの選手を交代させたの?」といった議論は起きますよね。それ自体は、友人知人同士、居酒屋で話しているようなことなので問題ありません。でも、対象者に、匿名でいちいち言うことなのか、と。

居酒屋の話題が、本人に届いてしまう時代になった。なぜ心の中に留めておかないで、個人アカウントに向かって直接言うのか。その人を巻き込まない方が良くないですか。W杯で惨敗してしまったら、今までは記者が酷評することはありましたが、今では、全人類がそれをできるようになっているんです。

──かつては、スポーツライターの金子達仁さんのように、顔と名前を出して、責任を持って発言していたことが、今や誰もが匿名で言えるようになってしまった。

秋本 はい。金子さんのように正々堂々、顔を出して書いていたものが、今は誰が書いたかわからなくなってきている。それが許されている風潮は、学校教育に入れ込むべき課題だと思いますよ。メダルを期待されながら獲れなかったアスリートの多くは今、浴びなくていい言葉を受けていると思うので、乗り越えてほしいですよね。

──亡くなった木村花さんの時も、テレビを見て衝動的に書き込んでいることがあったそうです。教育を受けないまま「言葉」という武器を持ってしまっている感じでしょうか。

秋本 “おでんツンツン男”や、冷蔵庫に入った写真を投稿してしまう人のように、目立つことをやって、その後にどういったことが起きるかを想像できない若者が多すぎます。

そこに対して大人が「子どものSNSについていけません」と言っている場合ではない。文部科学省の人たちが立ち上がって取り組んでいかないといけない問題です。

同時に、どの角度、立場から意見するかがポイントだと思います。(今回の誹謗中傷について)各競技団体がどんどん取り締まると言い出していますが、発信者が特定されるべきだと思います。

木村花さんの件で特定できた人の損害賠償額は約130万円。もう少し厳しくしないといけないし、捕まった事実をもっと出さないといけないと思います。

──10年前では考えられないほど、今はSNS時代の五輪になっています。

秋本 今はSNSをやっていない選手のほうが少ないですからね。

──なかには、所属企業やスポンサーの兼ね合いで発信が義務化されているケースもありそうです。普段は注目を浴びていなかったとしても、五輪期間中は一気に世間の注目を集めるという構造も関係しているかもしれないですね。

秋本 例えば、タレントさんはアスリートの何百倍も非難を受けていると思いますから、アスリートはそういった声に慣れていないと思います。サッカー選手や野球選手はまだいいほうで、サッカーの槙野(智章)選手や宇賀神(友弥)選手のメンタルはすごいですよ。

本田圭佑選手や、世界各国で非難を受けている人は、まともに捉えていない。僕は、非難の声が増えた時に「有名になった証拠だし良かったね」と言われました。注目されないほうが寂しいですし、言われているうちが華だなと目覚めた感じはあります(苦笑)。

──秋本さんは「超合金メンタル」と言いますよね。

秋本 そうです。僕もこれから知名度が上がれば、言われる機会が増えるはず。そうなった時に線引きする基準が、僕のアルゴリズムにはあります。違う角度の非難が来た時に処理能力が急激に落ちる気がしますが、僕は乗り越えられる人間なので、「どうぞ」と(笑)。

とは言え、SNSの研修は各競技団体がきちんとやるべきです。僕は「スルーしろ」「リングに上がるな」と伝えましたが、ファイティングポーズを取った人がいたからこそ、問題が取り沙汰された。影響力のある人が勝負に出てくれたことには感謝しています。

──声を挙げないと変わらないこともあります。

秋本 国会で決まることより、1人の影響力を持つ人の拡散が大きなきっかけとなるケースが多いと思います。なので「感謝」と言ったらすごく申し訳ないですけど、ファイティングポーズを取ってくれたアスリートのアクションのおかげで、前に進めると思います。

■プロフィール

秋本真吾(あきもと・しんご)
1982年4月7日、福島県生まれ。2012年まで400mハードルのプロ陸上選手として活躍。現役当時、200mハードルのアジア最高記録、日本最高記録、学生最高記録を樹立し、オリンピック強化指定選手にも選出。100mのベストタイムは10秒44。2012年の引退後はスプリントコーチとして活動を始め、プロ野球、日本代表を含むJリーグ、女子サッカー、アメリカンフットボール、ラグビーなど、500名以上のプロスポーツ選手に走り方を指導。コーチング力向上のため、引退後もマスターズ陸上に出場し2018年世界マスターズ陸上において400mハードルで7位入賞。2019年アジアマスターズ陸上において100mと4x100mリレーで金メダルを獲得。日本全国の小中学校でかけっこ教室を開催し、年間約1万人、合計7万人以上の子どもたちに走り方を指導している。

■クレジット
取材:北健一郎(Smart Sports News編集長)
編集:舞野隼大

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