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【コラム】究極のマルチタスク「選手兼代表理事」挑戦から9カ月、皆本晃が満員のホームで観客に届けたもの

1月14日に開催されたFリーグ ディビジョン1、立川アスレティックFC対名古屋オーシャンズのチケットは完売。アリーナ立川立飛に訪れた2282人の観衆のほとんどが、アリーナDJの「アス〜レティック!!」のコールに合わせて手拍子を送りました。2年半ほど前からABEMAのFリーグ中継の実況アナウンサーとしてフットサルに関わるようになった私は、無観客や入場制限付きの試合を見る機会が多かったため、満員のアリーナの光景はあまりに衝撃的で、心が震えるほどでした。

試合は4-1で立川が逆転勝利。「満員のアリーナで絶対王者の名古屋に勝利する」という、これ以上ない結果を残し、地域密着型スポーツクラブの底力を見せつけたその1日は、代えが効かないクラブの顔である一人の男に、ある「確信」を抱かせました。

「きょう、クラブとして次のステージに進める」

試合後の取材でこう語ったのは、皆本晃選手兼代表理事。元日本代表であり、チームの主力選手。さらにクラブを運営する一般社団法人の代表理事として社長業も兼任するスーパーマルチプレーヤーです。

今シーズン開幕当初、平均700人程度だったホームゲームの観客動員数の約3倍となる高い目標を達成したことについて、皆本さんは「地域密着クラブ」が街に与える影響に、たしかな手ごたえを感じていました。

試合当日までクラブ公式Twitterアカウントや選手たちが、盛んにSNSで発信していたのは「#立川アスレ2000人」のハッシュタグ。このプロジェクトの成功は、皆本さんが中心となり、クラブの力を総結集して様々な壁を乗り越えた先にあったものでした。

取材・文=辻歩(ABEMAアナウンサー)

観客動員→スポンサー獲得作戦

立川は、昨シーズンまで「立川・府中アスレティックFC」でしたが、本拠地を立川市に集約して新法人を設立し、クラブ名も変更。「僕がやるしかなかった」と、中心選手でもある皆本さんを新法人の代表理事に据え、異例の体制で初めてのシーズンを迎えています。キャプテンの上村充哉選手や金澤空選手、黒本ギレルメ選手など日本代表選手を多く抱え、戦力は豊富なものの、決して資金面で余裕があるクラブではありませんでした。

そんななかで、皆本さんはスポンサー営業に注力して財政基盤を底上げしてから集客に力を入れていくのではなく、先に集客の実績を作ってから、それを基にスポンサーにアプローチする方法で勝負をかけることにしました。これは、皆本さんが新規スポンサーに営業をかける際に、クラブとして、観客動員など目に見える数字面での実績が足りなかったために、「今季は様子を見ましょう」と言われ、契約に至らなかったことがあったからだそうです。

しかし、観客動員を伸ばそうにも、皆本体制で発足したばかりの新法人で、クラブスタッフの人数も足りないため、シーズン開始当初はホームゲームを事故なく運営することで精いっぱい。とても集客に手を回すことができる状況ではなかったといいます。

ちょうどその頃、私は皆本さんにインタビューと密着取材を申し込み、取材内容はABEMAのABEMA NEWSチャンネルで特集として放送しました。取材では、ホームゲーム運営後に毎回行われるという振り返り会議に潜入。一般客はもちろん、招待客をスムーズに座席に案内する導線、明確な表示板づくりや、興奮して身を乗り出してしまう子どもの安全対策に至るまで、試合開催のために要求される細かい作業に、数少ないスタッフでどう工夫して対応するか、とても苦戦している様子でした。観客誘導の拡声器を購入するかどうかすらも、会議で費用対効果を真剣に話し合っていたことも印象に残っています。

また、選手としてのトレーニングと社長業で、皆本さんは多忙を極め、家族との時間がなかなか作れないこともこぼしていました。

■インタビュー&密着映像は写真をクリック

しかしその頃から、クラブがホームゲーム運営に慣れてくるシーズン終盤、「2023年の1月にアリーナを満員にする」という構想は持っていたといいます。去年10月ごろから、徐々に集客に力を入れ始め、最重要目標としていた年明けの名古屋戦に向けて「#立川アスレ2000人」プロジェクトを発足。SNSでの積極的な発信はもちろん、立川市内の小学校を回ってスクールを開催し、一緒にボールを追いかけた子どもたちに「1月14日に名古屋との試合があるから来てね!」と地道にアプローチ。さらにハーフタイムのご当地マスコットショーを企画するなど、着々と準備を重ねてきました。

クラブ、スタッフ、選手や地域の人々の力を結集した「#立川アスレ2000人」プロジェクトは、「みんなが本気になった」と皆本さんが話すように見事に実を結び、集まったサポーターの熱気で圧倒的なホームアドバンテージを創出。リーグ5連覇中の名古屋に4-1で勝利しました。社長として2000人という観客動員目標を達成し、かつ選手としてもゴールを挙げて名古屋に勝利するという、皆本さんの「究極のマルチタスク」が、またひとつ達成された瞬間でもありました。

高負荷のマルチタスクは「強み」に変わる

昨今、日本の企業やさまざまな組織では、「マルチタスク」が求められています。リクルートワークス研究所の調べでは管理職とプレーヤー業務の兼務など、「マルチタスク」をしているという社会人は8割以上にのぼる(Works Report 2020より)ということです。本来複数人でやるべき仕事を、限られた時間の中で1人でこなすわけですから、負担は心身ともに非常に大きくなります。

2000人以上が詰めかけた名古屋との試合直前、皆本さんは選手としての興奮よりも「ちゃんとお客さんを入れ切ることができるか……」という心配があったそうです。

しかし、社長と選手という前代未聞のマルチタスクについて皆本さんは、「プロスポーツ界で、自分でクラブの経営者と選手を兼任するのは日本でもおそらく1人しかいない。これは他との決定的な差別化になる」と話していて、負担のかかるマルチタスクを強みに変えることに、就任当初から着目していました。

想像してみてください。例えばスポンサーになるかどうか決めかねている企業の担当者が、営業トークで「一度試合を見に来てくださいよ!」と社長の皆本さんに言われ、半信半疑で試合を見に行ってみたら、その社長がバリバリプレーヤーとして活躍し、ゴールまで決めている。心が動く人も少なくないでしょう。

かくいう私も、ABEMAでスポーツ実況アナウンサー、ニュースキャスターの仕事に加え、プロ野球番組のプロデューサーも務めていて、マルチタスクと向き合いながら仕事をしているため、皆本さんの奮闘ぶりには刺激を受けています。

私の場合は、出演と制作の両面に携わっていることを強みにし、アナウンサーの目線から見えたことを、プロデューサーとして番組作りに生かしたり、逆に番組作りの視点から「番組制作者は何をどう伝えたいか」を理解したうえで、「映像のポテンシャルを生かすしゃべり」をカメラの前で表現できるように、日々追及したりしています。

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